【赤鯱短信】西村弘司の記憶と、“1984”の意外な絆。
小川佳純の連載記事にもあった西村弘司の苦い思い出は、本当に苦かった。
「そう、苦い思い出があるんですよ。選手権予選のためにここで練習試合をしてね。当時は真新しい施設だったんですよ、できたばっかりじゃなかったかな? で、市船に0-5で負けて(笑)。チームはそれまでめっちゃ調子よかったんですよ。当時はあった東海総体って大会でも優勝して、全日本ユースにも出たのに、その負けで勢いがなくなって、結局、選手権には出場できず…」
涙ながら(?)に語る西村。「あれが合宿だったのか、遠征だったのか。ここに泊まったかも覚えてないくらいショックだったんですよ」と言うほどだから相当である。しかし、話はここからちょっと思わぬ方向へ。
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