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【インタビュー】イングランド プレミアリーグの昨季を振り返って今季を予測しよう #結城康平 【無料記事】

【インタビュー】結城康平 イングランド プレミアリーグの昨季を振り返って今季を予測しよう

昨季の2016-17シーズンは、アントニオ コンテ監督が率いるチェルシーがリーグ優勝を成し遂げた。3バックの守備システムを柱に、堅守でチームを作り上げた。プレミアリーグは、コンテ監督に代表されるように、いくつかのクラブで有名監督が指揮を執る。マンチェスター・ユナイテッドはジョゼ モウリーニョ。マンチェスター・シティはジョゼップ グアルディオラ(ペップ)。トッテナム・ホットスパーはマウリシオ ポチェッティーノ。リバプールはユルゲン クロップ。こうしていくつもの名将と呼ばれる指揮官の名前を列挙できる。それだけ監督の生存競争も激しく、成績が少しでも下り坂になれば、たちまち解雇されてしまう。昨季も、次のようなありさまだ。

フランチェスコ グイドリン(スウォンジー)2016年10月3日解任
アラン パーデュー(クリスタルパレス)2016年12月22日解任
ボブ ブラッドリー(スウォンジー)2016年12月27日解任
マイク フィーラン(ハル・シティ)2017年1月3日解任
クラウディオ ラニエリ(レスター)2017年2月23日解任
アイトール カランカ(ミドルスブラ)2017年3月16日解任
デイビッド モイーズ(サンダーランド)2017年5月22日辞任

2017-18シーズンに入っても、その傾向は続く。クリスタルパレスの監督であったフランク デ ブールは、わずか4試合で解任され、後任には元イングランド代表監督のロイ ホジソンが指名された。

イングランドで監督業を行う人たちの労働組合「リーグ・マネジャー・アソシエーション(LMA)」の発表によれば、1人の監督が解任されるまでの時間の平均年数を、1.16年と算出する。監督が出たり入ったりの激しい動きがあるプレミアリーグの昨季を振り返りながら、今季の動向を予測してみたい。

語り部は、イングランドサッカーに詳しい結城康平(@yuukikouhei)です。

昨季注目のワトフォード

――昨季、注目していたチームは?

結城 シーズン前は、マンチェスターCとマンチェスターUに注目していました。そのほかで言えば、ワトフォードにも注目していました。ワルテル マッツァーリが監督になるので気になっていました。

――マッツァーリは、ナポリ(2009-13)やインテル(2013-14)で監督を務め、ナポリ時代に3バック採用。チーム躍進の基礎を築いた人物ですね。ワトフォードでのマッツァーリ監督は、降格だけは免れましたが、悲惨な結果に終わりました。

結城 メンバーがシステムに合わなかった。それが、苦しんだ理由ですね。

――ワトフォードは昨季17位でした。

結城 プレミアで3バックが流行(はや)っていて、3バックが得意な監督が入った時に、どういう風にチームに化学反応が起きるのか、と思って見ていました。マッツァーリ監督は、メンバーがハマるとけっこう面白いサッカーをします。イタリア人監督らしく、緻密な攻撃パターンをチームに仕込む腕がある監督だったので、それがプレミアに来てどうなるのか、と気にはなっていました。ナポリ時代はラベッシ、カバーニ、ハムシクの組み合わせでリーグ最強のトリデンテを生み出した監督ですし。

――イタリア人監督であっても、選手に彼のやり方を、戦術を落とし込むことができなかった、と考えていいんですかね。

結城 報道によると「英語がそこまで得意じゃなかった」という話もありました。チームの中心FWがトロイ ディーニー選手など放り込むことで強さを発揮する選手だったこともあり、サイドから連係して崩していく動きができる選手が少なかったことにも苦しみました。今季はマルコ シウバが監督ですからね。

マルコ シウバは昨季途中(2017年1月)から、ハル・シティの監督に就任しました。チームは結果的に降格したのですが、最下位が決定的だったチームを、残留させるかどうかまで持ってきた。その手腕が評価されて、今季はワトフォードを率いることになったのです。戦術的に器用な面子ではないので、どのようにチームを導くかには注目です。

――マルコ シウバは、ポルトガルのスポルティング(2014-15)で監督をしていて、その時にちょうど田中順也選手(現ヴィッセル神戸)が柏レイソルから移籍しました。ポルトガルカップで優勝して、7年ぶりのタイトルをスポルティングにもたらした。当時、『サッカー批評』(双葉社)で田中順也選手の連載をしていたので、シウバ監督には注目していました。今季のワトフォードの成績が気になりますね。

昨季はELを獲得したマンチェスターU

――マンチェスターCとマンチェスターUの監督に関して、期待されたような成績を残せていたとは言えませんよね。サッカー自体もそれほど良かったとは言えない。モウリーニョ監督は、UEFAヨーロッパリーグ(EL)優勝という結果を残しましたが、ペップは、バイエルン監督時代と比べて、戦術的な斬新さはほとんどなかったです。

結城 ペップとモウリーニョがともに監督になったのですから、面白いサッカーを見せてくれるんだろう、という期待はありましたね。1年目ですが、それなりに、求められている結果は残したかな、と思います。モウリーニョ監督は、ELを取って、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権を取っています。ペップもCL出場圏内に滑り込んでいるので、そこまで悪い方ではなかった、と僕は思います。

――モウリーニョ監督は、負傷者も多い中で、うまく選手を回しながら結果を残しました。

結城 アヤックスを押さえ込んで優勝したのは、モウリーニョ監督らしかったかなと思います。マルアン フェライニ選手の高さを、状況によってうまく使った。チェルシー時代に干していたファン マタ選手に関しても、上手にチームに組み込みました。ヘンリク ムヒタリアン選手もチームに徐々になじんできた。いろいろなスタイル、いろいろな選手をうまく使って、全体的に回して来たかな、という感はありますね。

――モウリーニョ監督の戦術は、見ていてどうでしたか?

結城 モウリーニョ監督は、シンプルにボールを放り込んで空中戦で勝負するだけではなくて、うまく地上戦と絡めるような戦い方が増えてきています。マーカス ラシュフォード選手を使ったりとか、ズラタン イブラヒモビッチ選手の回りにマタ選手やムヒタリアン選手を絡ませたりとか。さらにフェライニ選手が空中戦の基点になって仕掛ける。そこに、ポール ポグバ選手のような中距離からシュートを打てる選手がいる。長い距離を走れる選手もいて、攻撃面ではいろいろな動きを組み合わせることができきる。カウンター一辺倒ではなくなったな、とすごく思います。

――フェライニ選手は、重宝されてますね。

結城 そうですね、かなり無理が利くというか。GKの近くの前線においても競り勝てて、ペナルティエリア付近の後ろのポジションに置いても空中戦で負けない。モウリーニョ監督としては、「困った時にはフェライニ」をうまく使いながら、どちらかというと、フェライニ選手に何かをやらせるよりも、彼をおとりにして仕掛けてやろう、という動きが多かったですね。

――ウェイン ルーニー選手が古巣のエバートンに移籍しました。

結城 ストライカーとしての仕事以外のところでも貢献することを求められていました。そういったプレーも出来る選手だったのですが、一方で本職ではないが故に実力を発揮出来ない部分もありました。本人としては、ストライカーとして使ってもらえる場所に行くことが、本人のキャリアを伸ばすことになると考えたのでしょう。もう少しイブラヒモビッチ選手と組む時間が長ければ、と思ったのですが、イブラヒモビッチ選手のケガでそうも行かなかった。

――ケガがあって、残念な結果になりました。イブラヒモビッチ選手の契約はどうなったんですか。

結城 ケガのリハビリのための契約解除であって、治ったら復帰できる道を残しておいた契約になっているはずです。お互いの意向が一致した形ですね。(マンチェスター・ユナイテッド復帰が決定)

――マンチェスターUでは、ダレイ ブリント選手が前監督のファン ハール時代からよく使われています。いくつものポジションを器用にこなせるからでしょうか。

結城 はい。ブリント選手は、いろいろなポジションがそつなくこなせます。フィジカルで勝つというよりも、頭が良いのでカバーリングの能力が高い。ボールを扱うスキルも高いので、特に身長のでかい選手と組ませるとうまく行く。センターバック(CB)、サイドバック(SB)、センターハーフ(CH)もできますから。重宝される選手です。

――ボグバ選手はどうですか。インパクトがあったとは言えますか?

結城 ピンポイントで走り込む味方に合わせるような中距離のパスを出してはいたのですが、結果としては得点やアシストが少なかったので、移籍金もあって厳しい目で見られているところはありました。ただ、チャンスメイク面では十分な存在感を放ったかなと。アントニー マルシャル選手やラシュフォード選手のコンディションが上がってくれば、今季はアシストが増えていくと思います。中距離から打てるだけでなく、相手のラインとGKの間に浮き球を供給出来るMFがいると、相手の守りとしてはやりにくい。今季は期待ができると思いますよ。

――マイケル キャリック選手は、そろそろ潮時なのかな、と思われます。

結城 そうですね、ラストシーズンに近づいてきています。いまだに縦パスの精度というか、詰まった時に縦パスを出せる選手は、チームにとって大きい存在です。副主将を任されることになったアンデル エレーラ選手が、ピッチ内外でキャリック選手の後を継ぐことになりそうですね。

――アントニオ バレンシア選手は器用な選手だなあと思います。ウイングバック(WB)で使われていて、モウリーニョ監督になってSBとしてレギュラーになっています。攻撃から守備、守備から攻撃と、上下動の激しい選手です。ボールを持ったら何か可能性を期待できる。ミスが少ない選手だと思います。

結城 バレンシア選手は使い勝手がいいというか、プレミアでも有数なSBになったと見られています。運動能力が圧倒的に高い。守備の時には、瞬発力とフィジカルを活かして前からのプレッシングにも参加することが出来ます。相手のSBが線の細い選手だと、その猛烈なプレッシャーに手を焼くことになり前にボールを運べない。攻撃する時にも、バレンシア選手に飛び込まれると、相手は怖がって距離を空けてしまうというシーンが多かった。チームが困った時に、1人で前に運べる選手ですね。それだけでも、チームとしてかなりの逃げ場になります。

――モウリーニョ監督の戦術を考えた時に、以前よりも選択手段が増えたようには見えます。

結城 ロングカウンター、ショートカウンター、さらにボールを持った時の動きも増えている。確かに手段が多くなったと思います。左サイドにはドリブルで仕掛けられるカード、右サイドにはゲームを作れる選手を置く構成になりそうです。

スペインで指導者経験を積む前はセスク ファブレガス選手をボランチで使うような監督じゃなかったので、彼自身に戦術的な変化が多少あったのかもしれません。今季は、ロメル ルカク選手が入りましたよね。彼はボールを収めることが出来るだけでなく、選手として判断力の面で急激に伸びてきているので、シーズンを通してケガがなければ、かなり期待できます。

――マンチェスターCとのインターナショナルマッチを見たんですけど、ルカク選手は大柄で、シュートもうまいですね。

結城 ポストプレーもうまくなっているので、少し下がった位置で前を向くような動きを好むイブラヒモビッチ選手と比べても、エリア内で相手を抑えながら起点になるような動きをこなせるかなと思います。サイドに流れながら相手を抑えて起点になる動きも、エバートンでウイング起用されていた経験もあることから精度が高いです。

――移籍でチェルシーには戻らなかった。

結城 もともとチェルシーが狙っていたのを、マンチェスターUがかっさらった形です。メディアにはアルバロ モラタ選手を取るという情報を流してフェイクを仕掛け、最初からエバートンと話し合いをしていたフシがあります。マンチェスターUはルーニー選手をエバートンに戻したため、その絡みでルカク選手をマンチェスターUが獲得できた面もあったのではないでしょうか情報をうまく利用したようです。

ややインパクトに欠けたマンチェスターC

――マンチェスターCのペップはどうですか? もちろん戦術的な手法についてです。

結城 面白いことをやってはいました。例えば偽りのSBとか。SBがボランチの位置に入ってという動きですね。または、FWをゼロトップに近いように使う。レスターに加入したイヘア ナチョ選手の使い方です。ダビド シルバ選手とケビン デ ブライネ選手をCHで並べるというのは彼しかできない手法です。

――バイエルンの監督時代は、実験的で、今まで見たことのないような発想を示してくれた。マンチェスターCに来てから、バイエルンで見せた斬新さがあまりうかがえない。個のスキルに関して、マンチェスターCにいる選手だと、やりたいことができかった、という印象があります。

結城 そうですね、チームにフィリップ ラーム選手の「いるいない」、シャビ アロンソ選手が「いるいない」が大きいのかなと思います。どこのポジションで使っても、ペップの意図を理解してボールを動かしてくれる。マンチェスターCでは、シルバ選手がある程度やってはくれたものの、一方で、シルバ選手は前の方での仕事もこなす必要があったので、攻撃の起点を作る役割は、ヤヤ トゥーレ選手とかフェルナンジーニョ選手では荷が重かったかもしれません。選手の質に問題があって、そこでのやりくりが難しかったんでしょうね。

――セルタから4年契約で移籍してきたノリート選手でしたが、最初の時だけ試合に出て、次第にベンチにも入れなくなりました。セルタ時代に監督をしていたエドゥアルド ベリッソが指揮を執るセビージャに今季活躍の場を移しました。マンチェスターCでは、機能するのかなと思っていたのでしょうか。

結城 どちらかというと、左でゲームを作るというよりは、ラヒム スターリング選手とレロイ サネ選手が裏に走ってという動きが、試合を重ねるに連れて増えていったので、そうなるとノリートの起用は、なくなってきたんだと思います。

――マンチェスターCで、大きな問題はやっぱりGKですかね。クラウディオ ブラーボ選手は、止められなかったですから。それで今季は、ブラジル人のエデルソン選手がスタメンに使われています。

結城 ブラーボ選手に関しては、体の周辺に来たボールの処理がうまくなかった。バルセロナにいた時は、そこを狙われることが少なかったということかなと。肉弾戦が求められる空中戦でも、判断が遅れる場面が目立ちました。ウィリー カバジェロ選手はもともと第2GKとしての選手なので、なかなかトップのクオリティーを求めるのも、というところですね。それでも、カバジェロの方がよく見えてしまう。

――両SBが変わりますね。

結城 バカリ サーニャ選手とガエル クリシー選手は出ていきました。代わりに、カイル ウォーカー選手とバンジャマ メンディ選手を獲得しました。あと、ダニーロ選手ですね。SBは3人で1億ポンド(約152億円)以上投資している。

――CBはどうですか?

結城 ニコラス オタメンディ選手が想像以上に良くなっているので、オタメンディ選手、ヴァンサン コンパニ選手、そこにジョン ストーンズ選手が絡んでくる。

――マンチェスターCはデ ブライネ選手を中心にしたチームだと思います。ペップはデ ブライネ選手を相当に気に入っていますよね。デ ブライネ選手のプレーを見つめるペップの表情ですぐに分かります。バイエルンの時にハビ マルティネス選手を見ているような視線の送り方ですから(笑)。

結城 デ ブライネ選手は、昨季のプレミアNo.1のMFだった、と評価しています。

――ほんと、開花しまたよね。

結城 判断速度と瞬間的なプレーが別格ですね。別格になってしまったゆえに、ノリート選手の存在が消えてしまったとも言えます。デ ブライネ選手を生かすのなら、出足の速い2人のストライカー(スターリング選手とサネ選手)の方が機能します。速攻で、デ ブライネ選手が裏に放り込む形の方が圧倒的に多い。シンプルな形でも十分に破壊力がある。そうなるとノリート選手ではないという選択は必然なのかなと思います。

――ペップは、選手の中で誰を信頼して使っているのか。その選手の起用法ですぐに分かります。フェルナンジーニョ選手はそれに該当する選手です。

結城 フェルナンジーニョ選手とデ ブライネ選手は、ペップのサッカーには外せない選手ですよね。特に守備面のタスクでは、フェルナンジーニョ選手に求めるものは多い。今季は攻撃面でも、更に難しいタスクを与えられそうですが。

――問題は、FWのアグエロ選手の扱い方ですかね。

結城 アグエロ本人が、苦しんでいましたね。慣れない動きを要求されることが多くて。なかなかペナルティエリアの中に入れない。

――以前のアグエロ選手は、ある程度守備は免除されていました。ペップになってある程度要求されることになった。ストライカー、点取り屋として、そのスタイルの変化に戸惑ったんですかね。

結城 そうだと思います。守備もそうですが、サイドに流れてスペースを作る動きが、彼には難しそうでした。アグエロ本人はスペースを使いたいのに、スターリング選手やサネ選手に譲ることは、かなりのストレスだったと想像します。それでもリーグ戦20得点を取れるのが、アグエロ選手なのかもしれません。ただし、以前のような圧倒的な得点力はなかったですね。どちらかと言えば、アグエロ選手に求められたのは、「おとり」になって、2人のFWを生かすような動きでしたから。本人としては、なかなか「ハマらない」状態だった。

――ヤヤ トゥーレ選手は、開幕前の予想に反して試合に頻繁に使われたね。契約も1年間延長しました。

結城 中盤の枚数がいないんです。ファビアン デルフ選手がいるくらいですが、怪我も多かったので。トゥーレ選手は全盛期に比べれば、当然スピードが落ちていますが、ボールを回す上では、いまだに役に立つ選手であるので、ゲームから外せない選手なんです。

――ペップの戦術の手法はどう映りましたか?

結城 思った以上に苦しんだ印象がありますよね。相手に合わせて戦うほどに、カードがなかった。完全に、デ ブライネ選手に依存して、呼び込んで走らせるというスタイルしか持てなかった。もちろんシルバ選手の活躍もあったのですが、一方で、システマチックな崩しがなかなかできない。戦術的にアイデアは出していたのですが、それが実現しなかった。

――それは具体的にどういうところでですか?

結城 序盤のノリート選手とシルバ選手の絡みだったり、それに合わせて、ボランチが絡んだりとか、ゼロトップ的な動きをやってみたり、ですね。引き出しはある程度見せた、と思うのですが、それが機能するまで、落とし込めなかったのが現状でした。今季は、指揮官が欲する新戦力も揃ったので、長期的に様々な戦術パターンを落とし込んでいくと思われます。

監督解任報道も出たアーセナル

――アーセナルですが、シーズン途中でアーセン ベンゲル監督を解任する話が話題になりました。

結城 試合を見ていて、戦術的に、ベンゲル監督がやろうとしていることは、徐々に厳しくなっているな、というのが正直な感想です。アレクシス サンチェス選手がチームの中心ではあるのですが、彼はボールを触ろうとし過ぎてプレーエリアが広がり過ぎる傾向がある。。彼が得点を取る一方で、チームがバランスを崩す場面も散見された。サンチェス選手は能力が高い一方で、アーセナル自体がサンチェス選手の能力の高さに振り回されていた面があったと思います。言い方を変えれば、ベンゲルが彼を制御しきれなかったという印象ですが。オリビエ ジルー選手の方が機能しやすかった。もっとシンプルに戦った方が、勝算があったのかな、と見えました。

――ジルー選手は今季も使われるんですかね。

結城 アーセナルは、もともとFWの数も少ない。テオ ウォルコット選手やダニー ウェルベック選手がいますけど、中央でボールをキープしてタメを作れる選手は、そういないですからね。アレクサンドル ラカゼット選手を獲得しましたが、中央の枚数は足りないかなと。

――戦術的に見て、アーセナルの採用した3バックですが、やっぱり4バックの方が機能したように見えるんですが。あの3バックをどう捉えましたか?

結城 守りの方をどうにかしたいので、後ろである程度枚数を置いて戦いたい。そのための3バックだったのかな、と思います。チェルシーと比べると、組織として機能していない。どこかのオプションの1つとしては使えるけれども、信頼をまだ置けないスタイルだと。選手も3バックに合った選手もいないですしね。コシエルニー選手がいれば、ある程度のバランスは取れそうですが。

――中盤でボールを支配したいので、後ろを3枚にしたのかな、思ったんですが。

結城 中盤でボールを持てる選手が減ったので、後ろでしっかり回したい、という考えがあったのでしょう。グラニト ジャカ選手とか、フランシス コクラン選手あたりだとボールが回らないですから。

――ベンゲル監督の戦い方はどうでした?

結城 ベンゲル自体の戦い方は悪くなった。というよりも、周りのレベルが上がったんですよ。チームとして狙っている形ができなかった。それでも、4位になっていた。よくやったと言えるんでしょうが。チェルシーほか、周りのチームのレベルアップが相当にあったから、ベンゲル監督の手法が古く映るのかもしれません。それが解任報道に通じるものだと考えます。

一昨季優勝のレスター

――レスターはシーズン途中で監督を変え、コーチだったクレイグ シェークスピアが監督になりました。一昨季に優勝した時の戦術と選手起用に戻しましたね。当初やってたやり方に戻して、CLも頑張った。

結城 やはりエンゴロ カンテ選手の穴は大きかったんですよ。正直、そこまでCBで守り切れる選手層ではない。ウェス モーガン選手もロベルト フート選手も徐々に調子を落としていきましたから。

――シェークスピア監督の采配は分かりやすかったですね。

結城 戦い方をシンプルにして、なんとかやり通した。たぶん、あれしかなかったと思います。

――クラウディオ ラニエリが監督だった昨季当初は、システムも「4-2-3-1」や「4-3-3」を試して、なんとかチームの改善を図った。

結城 もともとトップクラスのチームとの実力差があるチームですから。チームとしてやるべきことを明確にすることで選手の能力を引き出すアプローチは正しかったのでしょう。前からプレスを掛けても、引いて守ってもよしというチームだったので、相手としてはやりづらいチームだと思います。攻撃も決まったホットラインがあって、優勝も「たまたま」ではない。いろいろな要素がハマった結果ですよ。

――優勝した翌年、イスラム スリマニ選手などを入れた。岡崎慎司自身も守備での貢献よりも、得点を取らないと使ってもらえない立場になった。ただし、アフメド ムサ選手は、チーム戦術にフィットしなかった。

結城 前からのプレスで保ってきたチームだったので、いろいろな選手を取っ換え引っ換えしていく中で、前からの守備のレベルが下がってしまったんです。そういう意味で、やはり岡崎はチームに欠かせない選手だったということでしょう。

――中盤のキープレーヤー(カンテ選手)もいなくなってしまった。ドリンクウォーター選手は、そんなに守備がうまくない。「4-4-2」のボックス型で、岡崎が下がり気味でプレーすると攻撃パターンも限られてしまう。そうした形から進展しようとした結果、チームのバランスを大きく崩したんですね。

昨季旋風を起こしたトッテナム

――トッテナムはどうですか? 優勝のチャンスがありそうですけれども。

結城 監督の手腕で言えば、ポチェッティーノはすごいですよ。チームの現有戦力を底上げさせれば、彼に敵う監督はいない。ハリー ケイン選手が、数年でここまで良くなるとは思わなかったですよ。周りを使ってもいいし、おとりになってもいい。シュートパターンもかなり増えています。エリア内での積極的なプレーはすごみを感じます。コースがちょっとでもあれば、思いっきり振り切る。

――監督のどこを評価しているのか、具体的に教えてください。

結城 ポゼッションが、かなりしっかりしています。基本的に、フィジカルの強い選手を並べて、プレッシングがすごい。組織化されたプレッシングによって、相手を封じ込むバリエーションも豊富です。攻撃面では崩しの中で、SBがペナルティエリア内に飛び込んでくる。クリスティアン エリクセン選手がボールを受けに下りて来て、バイタルエリア中央に飛び込む選手がいるとか。的確な連動によって、ゴール前を攻略することが出来ます。

――ソン フミン選手がここまで活躍するとは思わなかったですね。

結城 いや、僕は、けっこうハマるとは思っていましたよ。判断能力に優れており、元々速い展開で輝く選手なので。トッテナムのトランジションゲームにぴったりと嵌りました。それと今季は、ビクター ワニャマ選手のところの守備が圧倒的な強さを見せたんです。ただし、ワニャマ選手とエリック ダイアー選手の組み合わせでは、なかなかボールを回せなかった。そこが悩みどころでした。

チームとして「4-2-3-1」の3のところで、ソン フミン選手とデレ アリ選手とエリクセンの組み合わせになると、速攻に偏りすぎたきらいがある。ゲームを組み立てて崩していくような厚みのある攻撃が、今季はチーム事情の絡みもあって速攻に偏ったんだと見えます。厚みのある攻撃がもっとできていれば、面白い順位になった。ラメラ選手のようにボールを持ち込んでくれるドリブラーがいれば、少し変わってきたのかもしれない。

それでも、2位という順位は立派だと思います。もともといた戦力がかなり伸びてきたので、そうした底上げをできる監督は、プレミアにはそういない。補強でチームを作っていく監督ならいくらでもいますが。

クロップ監督率いるリバプール

――リバプールは良かったですよね。

結城 ちょっと失速しそうになった時期もありましたが、良かったと思います。クロップ監督は、バランスのいい監督だとは思いません。少しずついろいろな工夫をしてきましたけど。前線でロベルト フィルミーノ選手をうまく使うなどしていました。クロップ監督ならではだと言える手腕だと思う。前輪駆動のクロップらしいスタイルに、躍動するアタッカーが嵌りました。サディオ マネ選手とアダム ララーナ選手が好調だと、なかなか相手チームは封じきれません。中盤で言えば、ジョルジニオ ワイナルドゥム選手は良かったですね。守備でも効いていたし、得点も量産しましたからね。

――ワイナルドゥム選手は、172センチと身長がそんなに高くないんですね。

結城 そうです。ジョーダン ヘンダーソン選手とのコンビが良かった。CHが良くないとプレッシングサッカーはダメだと思わせました。フィリペ コウチーニョ選手は、チームの中で崩しに関して活躍できるカードではありますが、どちらかといえばマネ選手の馬力で勝負していました。特に、カウンターの場面になると、コウチーニョ以外の選手の方が、機能していましたから。

――ポゼッションの時よりも、カウンターの時はマネ選手が生かされますよね。

結城 カウンターの時は、マネ選手の独壇場です。スピードだけでなく相手との競り合いを好むだけの推進力があるので、相手サイドバックは手を焼きます。自らボールを奪うことも出来ます。

――ドルトムントとリバプールでの戦い方の差異は?

結城 ロングボールをスイッチにして前からプレッシングを狙う形が減ったという印象です。ドルトムントの指揮官時代は、ロベルト レバンドフスキー選手がいましたから。今は、ショートパスからの崩しが確実に増えました。コンビネーション的なプレーが多くなって、ペナルティエリアの中で人数を増やしていき、得点を奪う場面が増えてきました。

今季プレミアリーグをけん引するのは?

――チェルシーの3バックは、見事に機能しています。ポイントとして注意点を挙げてください。

結城 ダビド ルイス選手がCBの中央でプレーしているのですが、ルイス選手はボールに食いつく癖があります。相手のセンターフォワードと競り合う動きを任されていて、セサル アスビリクエタ選手やガリー ケーヒル選手がカバーしたりする。CBの真ん中の選手が、ストッパー的に動くというのが面白かったですね。ただ、トッテナムがアスピリクエタ選手の高さを狙ったように、攻略法も存在しているのは事実です。

コンテは、本人の資質を生かすような起用をする。普通の監督なら、ケーヒル選手とルイス選手を逆にして使おうとします。ルイス選手を真ん中に置くと、ボヌッチをユベントスで起用した際のように中央から長いボールを蹴れます。守備戦術として、3バックの前にカンテ選手とマティッチ選手がいて、サイドに追い込んでおいて、ボールを奪うやり方をします。

――エデン アザール選手ですが、彼は開花しましたね。

結城 もともと能力の高い選手ですからね。監督がコンテになってオフザボールの局面でも戦術的な役割をこなすようになりました。ペドロ選手が攻守に献身的に走り回りながら気を利かせてくれることもあって、アザール選手にはプラスの面が大きかった。ジエゴ コスタ選手の存在も大きな影響はあったと思います。

今季はコスタ選手がいない、となれば、コスタ選手が潰れて時間を作ることでアザール選手にボールを持たせるスタイルができない。モラタはいい選手ですが、トップで張れるタイプではない。テクニックはあるんですが、長いボールを収めて、起点になって、という動きは難しいのではと思います。そうなると、モラタ選手の近くにペドロ選手を寄せるのか。ほかのFWを使うのか。セスク選手みたいなトップ下を置くのか。監督にとっては悩みどころです。

――コンテ監督の手腕はどうですか?

結城 選手の質にあったシステムを構築した監督としては、プレミアでは一番手じゃないでしょうか。選手が持っている素質をうまくシステムに落とし込む力というのは、コンテ監督がトップだった。

――開幕してすぐ、アーセナルに負けた試合をキッカケに、コンテ監督は4バックから3バックにしました。それでは最後に、今季のプレミアはどのように見ていますか?

結城 順位予想ですか? 僕は、当たらないんですよ(笑)。

――簡単な総括というか、気になる点があれば教えてください。

結城 マンチェスターUは注目です。モウリーニョ監督はいろいろな戦い方を採用して、攻撃の幅が広がったと思います。クラブの中で、ルカク選手は今季一番大きな補強になると思います(ルカク選手は、9月12日の第5節を終了して5試合5得点を記録)。

マンチェスターCはGKが変わって、より積極的な攻撃戦術が取られると考えます。チェルシーは、補強に関して後手を踏んでいます。マンチェスター2強説ですね。マンチェスターCは、今季入ったばかりの選手がどのようにペップのチーム戦術にフィットするのか。モウリーニョ監督は2年目になるので、スムーズにチームを動かせる。選手起用から戦術の落とし込みまで。ELで優勝してCLの出場権を得たので、チームのモチベーションは高いですよ。

――マンチェスター2強説ですね。楽しい時間を、ありがとうございました。

川本梅花

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