デイリーホーリーホック

【コラム】「『ベトナムのメッシ』が輝くために必要なこと」(2016/8/2)※無料公開

大きな注目に対して期待に応えようとしたグエン・コンフォン

第26節金沢戦でグエン・コンフォンが加入後初先発を飾った。「茨城×ベトナム親善友好マッチデー」と銘打たれたこの試合は、国内在住のベトナム人を無料招待し、さらにオフィシャルスポンサーの茨城交通がベトナム航空の飛行機をチャーターして「グエン・コンフォン応援ツアー」を企画するなど、水戸サポーターのみならず、訪れた約340名のベトナム人からも熱い声援が飛ぶ、これまでのホームゲームとは一味異なる独特の雰囲気の中で行われた。

大きな注目を集めてピッチに立ったコンフォンは期待に応えようと懸命にプレーした。「オン(ボールを持っている)時のプレーは素晴らしいものがある」と西ヶ谷隆之監督が高く評価する独特のリズムでのボールタッチを生かして時折チャンスを作った。18分には中央で浮いたボールを正確にコントロールしながら相手のプレスをかわして右サイドに展開して攻撃を組み立てると、38分には2トップを組んだ平松宗が胸で落としたボールに反応してミドルシュートを放つなど要所で持ち味を発揮することはできていた。前線からやや下がった位置で起点となり、ゴールを狙おうという意識は感じられた。

しかし、プレー回数は少なく、存在感を発揮できたとは言いがたかった。彼のポテンシャルを考えると、物足りない出来だったと言わざるを得ないだろう。結局、53分にベンチに退くこととなり、それからチームは3得点を挙げて勝利を手にすることとなった。試合後、チームの勝利に対しては「うれしい」と笑みを見せながらも、自身のプレーに関して「できなかったこともあった。うまくいったところはなかった」と険しい表情で厳しい評価を下した。

「言葉の壁」よりも「意識の変化」

課題は少なくない。その中で西ヶ谷監督が強く指摘するのは「コミュニケーション不足」だ。もちろん、そこには「言葉の壁」があるのは否めない。ただ、それ以上に西ヶ谷監督は「意識の変化」を求めている。

「彼はベトナムでは彼中心のチームでプレーしてきたわけで、黙っていても彼にボールが集まってきた。でも、水戸は彼を中心にチームを作ってきたわけではない。自分の要求をもっとしていかないといけないし、一つのピースとして役割を果たす意識を持たないといけない。そこの意識の変化が彼には必要」

この試合において、彼はトップ下の位置でボールを受けようとする意識を見せていた。ただ、動きにメリハリがなく、チームメイトに見てもらうことができていなかった。それゆえ、ボールが集まらず、プレー機会は少なくなってしまっていた。

その課題を克服するために求められるのが「動きの緩急」だ。参考になるのは湯澤洋介の動きだろう。果敢にスプリントをかけて裏に抜け出す動きを見せ、相手のサイドバックを押し下げることができたら、足元でボールを受けて得意のドリブル突破を試みる。その駆け引きができているから、彼のドリブルは相手の脅威となっているのだ。

コンフォンも常にトップ下にいるのではなく、裏のスペースへスプリントをかけて飛び出すことによって、最も勝負したいトップ下のスペースを空けておくことを覚えたい。そして、ここぞのところで下がってボールを引き出して勝負することができれば、相手の脅威となれるはず。ダイナミックな動きを加えることによって、言葉は伝わらなくても、意志を伝えることができるようになる。それができるようになるだけで、彼のパフォーマンスは劇的に変わるに違いない。水戸では「王様」ではない。ならば、自分を「見てもらう」ための工夫をしていかなければならないのだ。それがコンフォンの最大の課題と言えるだろう。

日々のトレーニングで見せる「変わろう」という意識

ただ、コンフォン自身、日々の練習から変わろうとしているし、チームメイトとコミュニケーションを図ろうと努力もしている。内気で人見知りの性格ということで、加入当初はなかなかチームメイトと会話することができなかったが、今では自分の殻を破り、積極的にチームメイトの輪に入ることができている。言葉は通じなくても、ジェスチャーをまじえながら楽しげに会話する姿がよく見られるようになっている。

そのサポートをしているのが通訳のグエン・チュン・ヒェウさんだ。4月上旬に通訳に就任し、コンフォンをサポートしているが、練習中以外はできる限り距離を置くようにしているという。
それも「自分がいると、コンフォンはどうしても自分に話しかけてきてしまう。そうなると、彼は日本語を覚えないし、チームメイトとコミュニケーションを図る時間が減ってしまう。日本で成功したいと思うならば、自分からコミュニケーションを取れるようにならないといけない」というヒェウさんの親心ゆえ。通訳との適度な距離間が、チームメイトとの距離を縮めるのを促している。さらにチームメイトと心を通い合わせることによって、ピッチの中で存在感を発揮することができるようになるだろう。

日々の練習に取り組む意識の変化も見せている。「コンフォンが変わってきたんですよ」。チームスタッフからそう教えてもらったのは約1ヶ月前。オフ明けのフィジカルトレーニングの中での出来事だった。以前まで走りこみをする際、スタミナに自信のないコンフォンは後方を走ることが多かった。しかし、先頭集団に混じって走るようになっていたのだ。「変わろうという気持ちを感じるよね」とチームスタッフはうれしそうに口にした。

「ベトナムのスター選手」というプライドをかなぐり捨て、水戸の地で成功しようとかつてないほどの努力を積み重ねている。その取り組みを「コンフォンはしっかりやっているし、よくなっているのを感じています」と西ヶ谷監督は評価し、金沢戦で先発に抜てきしたのだった。

ついに巡ってきた先発のチャンスだったが、コンフォンにとって納得できない一戦となってしまった。ただ、実際に公式戦で長い時間プレーしたことで、自分に足りないものや指摘されてきたこと、さらには日本のサッカーにフィットするために必要なことを本質的に理解できたことだろう。あとはコンフォン自身がそれをどう捉え、どう取り組んでいくかにかかっている。ただ、これまでも決して驕ることなく、謙虚に努力を続けてきたコンフォンならば、この壁を乗り越えることができるだろう。「ベトナムのメッシ」。その期待値を超える活躍をJのピッチで見せるために、コンフォンは戦い続ける。

(佐藤拓也)

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