中野吉之伴フッスバルラボ

スイスの強豪クラブ FCバーゼルが育成で重視するものとは?

▼FCバーゼルと正式にパートナークラブ契約を結ぶ

私が指導者として所属するFCアウゲンは、昨年FCバーゼルと公式にパートナークラブ契約を結んだ。

FCバーゼル(以下、バーゼル)はスイスリーグ8連覇中の名門クラブ。2011年と2014年にCLでベスト16に入るなど、ヨーロッパでも高い評価を受けている。もちろん、簡単にパートナーになれるわけではなく、他にもいくつか候補があったようだが、「育成年代における長期的に継続した活動が認められた」との理由で契約に至ったと聞いた。

具体的なパートナークラブ契約の内容とは、バーゼルの育成コーチによるサポートトレーニングが1〜2週間に1回FCアウゲンで行われ、そこで評価された子どもはバーゼルでのトレーニングに週1回招待される。他にも、バーゼルとパートナークラブとのトーナメント、指導者交流会などがあるという。

とはいえ、パートナークラブへの活動を「どのようにして自クラブに還元、循環させるのが最適か」という点で、バーゼルもまだ試行錯誤の状態のようだ。まだ優先順位が全体の活動の中でそれほど高くないため、どうしても他のスケジュールの後回しにされることも少なくない。昨年も何度か「今度、指導者研修会をやります」、「パートナークラブ同士の大会を開きます」という知らせが届きながらキャンセルになった。

そんな紆余曲折を経て、先日ようやく研修会の案内が届いた。その内容は、バーゼルU13のトレーニングデモンストレーションを見学した後、ユース責任者による講義と情報交換というものだった。私はちょうど時間の作れる日だったので参加することにした。ちなみに、FCアウゲンからは4人が参加し、うち3人が私の担当するU15のアシスタントコーチとU15セカンドチーム監督という顔ぶれ。偶然だが、今シーズンは意識の高い指導者が集まったようだ。

当日は車で駅まで迎えに来てもらい、仲間たちとバーゼルに向かった。アウゲンから40分ほど走れば、もうスイス。なのに、国境を越えるにはパスポートや身分証明書が必要になる。ドイツなら無料の高速道路も、スイスだと有料に切り替わる。国境のドイツ側だとピザマルゲリータが600円で食べられるのに、わずか100m先のスイス側だと1800円! でも、スイス側で暮らす人たちは国境を越えてドイツ側へ食べにいかず、スイス側のレストランで食事するのだから不思議だ。その国に住む帰属意識は、こんなところにも働いているのだろうか。聞いてみたら、案外単純な理由があったりするのかもしれない。

私たちはFCバーゼルのスタジアム、ザンクトヤコブパーク隣の駐車場に車を置いた。ここには信じられないほど広大な敷地のグラウンドが見渡す限り広がっている。ざっと数えて20面はある。サッカーグラウンドだけでなく、多目的体育館、プール、テニス場、ビーチバレーコート、陸上競技場と多様なスポーツ施設がそろっている。はじめてこの地に足を踏み入れたときは衝撃を受けた。この施設については、またじっくりと取材をしたいと考えている。市営だが、行政サイドがどんなことをするとこれだけの施設を作り出せるのだろうか。本当に興味は尽きない。

さて、広大な敷地を進むと、最深部にモダンな建物が現れる。2年前に完成したバーゼルの育成アカデミー施設「カンプス」だ。入口付近にあるカフェの椅子には指導者と思しき人たちが座っている。どうやら今回の研修の参加クラブのようだ。参加しているのはバーゼルの古豪クラブ2つと、スイス、フランス、ドイツにあるパートナークラブ4つほど。

この研修会の担当してくれたのは、U13監督のベンヤミン・ミュラー。すでにピッチではオーガナイズが終わり、子どもたちはアップをしていた。私たちはその様子を黙って見学というわけではなく、4〜5人で一組となり、それぞれが2人の選手をスカウティングしながら見学するという課題を与えられた。とてもおもしろい試みだ。ただ漠然と見るのではなく、チェックシートに書いてある項目を確認しながら、それぞれの選手のどんな特徴を大事にし、育成しようとしているのかを感じ取られる。

チェックシートは全部で5項目からなっていた。

1.テクニック
2.インテリジェンス
3.人間性
4.スピード
5.環境

それから、それぞれの項目には3つのチェックポイントと説明が併記されている。例えば、テクニックだと「ファーストタッチ」「グラウンダーのパス」「テクニックアクション」の3つの項目があり、ファーストタッチは「ダイナミックにスペースに運べているか」、グラウンダーのパスは「グラウンダーに力強く、正確に、正しい足に運べているか」、テクニックアクションは「特にドリブル、シュート、フェイント、ヘディングに特徴があるか」がポイントとして挙げられていた。

こうした基準を設けるのは大切だ。基準があるから反対意見が出る。反対意見が出るからディスカッションが生まれる。その中で正当な評価をするために、それぞれの要素を定義化し、互いの共通理解を深められるのではないか。基準のない闇雲な批判は衝突しか生まない。

そして、バーゼルも他のヨーロッパのクラブと同様に人間性を重要視している。地に足をつけて謙虚でいられるか、向上心を持っているか、外部の刺激からだけではなく、「自分からやってやろう」というセルフモチベート能力があるか。困難な状況にチャレンジしようという意欲があるかどうかは、その後の成長に大きな影響を及ぼす。ミュラーも「奪われてでもドリブルで仕掛けようという気持ちを持った選手の方が、ただ安パイに横パスを出す選手より後で伸びる」と言葉に力を込めていた。

ただ、この点に関する取り組みについては、多少疑問の余地も残る。というのは、それが見られない選手へのアプローチが明確化されていないからだ。練習を見ていても、それぞれが一生懸命なのは当然だが、その中でミスや味方のプレーへの反応には個人差があるし、違いがある。そうした違いに対して、子どもたちがそれぞれに適した対応が求められるわけだが、それを感じさせるアクションが見られなかった。もちろん、たった一回の練習、それもトレーニングデモンストレーションとしての練習で、普段の取り組みすべてが見られるわけではない。今日見られないから、いつもできていないというわけではない。欲張りすぎはダメだし、ミスのあら探しみたいなので、純粋にトレーニングに着目して見学した。

主筆者 中野吉之伴(【twitter】@kichinosuken

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