松本雷鳥通信

【雷鳥報道・マツモト】オーバーエイジの挑戦。日本スポーツマスターズ参戦のセレソン長野(前編)

広いピッチを走り回るサッカー競技の特性上、年齢を理由に選手が第一線を引退する時期は、野球などに比べて早い、と言われる。しかし、選手のセカンドキャリアや生涯スポーツ、といった観点で見ると『オーバーエイジ』カテゴリーの存在が大きな意味合いを持つ。
ユース世代はジュニアからUnder18まで。対して、Over35のシニア世代は身体が動く限り上限は無い。
試合時間を短くしたり交代可能人数を増やしたりと年齢に応じた調整によって、幅広い年齢の選手がサッカーをプレーし続けており、O-40のリーグ戦を始め、O-50、60、70の世代別全国大会もある程で、松本市が掲げる『健康延命』にも通じるカテゴリーだろう。
シニアも生涯スポーツを楽しむ事ができる中で、比較的若い世代(特に競技スポーツで活躍していた選手)向けには、技量を発揮できる競技志向の高い大会がある。
『日本スポーツマスターズ』という、いわば『参加年齢をシニアに限定した国体』的なもので、国体と同じ (公財)日本体育協会の主催による全国大会である。

参加年齢が40歳以上だった2012年大会までは、北信越代表常連のアルフット安曇野シニアと、松本山雅FCマスターズのO-40チームが参加していたが、2013年より大会参加年齢が35歳に引き下げられた事がきっかけとなり、新たなO-35チームが誕生する。
アルフットシニアの選手兼、山雅マスターズ監督として毎年大会に関わってきた平林英之長野県シニアサッカー連盟事務局長が、中和昌成・県サッカー協会専務理事と神田文之・株式会社松本山雅社長(当時は社員)と共に「長野県初のマスターズ全国大会優勝を目指そう」という目標の下、選抜チームである『セレソン長野』を立ち上げた。

日本スポーツマスターズ秋田大会決勝戦後、サポーター進呈の段幕と共に記念撮影

チームとしては初出場である2013年の北九州大会で、予選ラウンドを突破。決勝ラウンドでは優勝した鹿児島県O-35選抜に1-1、PK戦で敗れ惜しくも決勝進出は逃したものの、この大会以降は「全国の強豪にマークされ長野県サッカーの認知度が上がり、全国に友達が増え情報交換出来るようになりました」(平林代表)
ブラジル代表の『selecao』にあやかり、県選抜の意を込めた『セレソン長野』は、どのようなチームだろうか。平林代表に尋ねた。

――セレソン選手の選抜方法は?
「『34歳以上(大会時35歳)の引退した元プロ選手にも、試合に出場する機会を!』、『県内でチームの運営側に居る34歳以上の選手にも、試合に出場する機会を!』。2012年に神田君と話し合い、その後ずっと同じ方針で選手を選抜しています。
過去のセレソン選手、様々な1種チームの監督などから『やりたいって言っているヤル気のある選手がいます』と僕に選手を紹介して貰い、その試合を観に行って、選手本人と話して決める。選手に全国大会に出場したい強い意思があり、負けん気が強く、全国の強豪相手にビビらない気持ちの強い人を探しています。(先ず個のメンタル重視)」

――選手は松本山雅OBも多いY.Sエストレーラ(県1部)など、全県のクラブから選抜されていますが。
「チームは、ずっと同じメンバーで練習して強くなっていくと言うより、1年で選手が少しずつ入れ替わりながら、(松本山雅などの)元プロ選手と県内各チームの運営の主力選手らがチーム内で競争し、大会に参加して闘えるチームを作っていく。2016年は南信の選手を多めに選抜しました。FCアビエス、アザリー飯田など県1部リーグ現役の選手です。中信では富士電機松本工場サッカー部(中信1部)、松本市役所サッカー部(県2部)が多い。選手の年齢は35歳から45歳」

松本市サッカー場で練習に取り組む選手たち

選手は本業を持つ社会人であり、チーム練習の為に広い県内から集まるのも困難で、普段は各自が走り込みを行い、大会前に少し練習試合をするだけ、という。また、松本市近辺では、かりがねサッカー場など一般利用が可能な練習場がいくつか新設されてきたが、ジュニア世代から社会人を含むクラブや、野球など屋外グラウンドを使う他競技のチームの総数に比べると、慢性的な練習場の不足は解消できていない。
グラウンド確保が難しい事や、各チームを運営する立場の選手(所属チームで監督やコーチをしている人もいる)が、なかなかセレソンの練習に出て来られないのが現状だが、その中で好成績、結果を残せるのは、「元プロ選手の本気度に、戦術、連携、チーム作り、全て熟知した選手が集まってくれたからだと思います。本当は、もっと練習機会を作れたらと考えています」(平林代表)

チームに関わる困難は、これだけではない。アマチュアカテゴリーで全国大会を戦う上で高いハードルがもう2つある。(後編に続く

(取材・文/すぎほし りょう 写真提供/セレソン長野)

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