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無料記事:「大徳政博、単身世界(ブラジル)への挑戦」Ver.1

リーガナショナルのプレーオフでパトに勝ったあとの監督とのツーショット。
 
 
DAITOKU Masahiro
 
1992.1.18 生まれ
1996~2004 浦安ワンダーキッズF.C
2004~2007 市川学園中学校
2007~2010 市川高校
2010 バルドラール浦安セグンド
    LUFT
2011~2013 府中アスレティックFC
2013~2015 バサジィ大分
2015~2017 湘南ベルマーレフットサルクラブ
 
 
 チームメート、ホマリーニョとのペアでサッカーバレー(練習後の遊び)で勝った記念の写真。
 
 
チームメートみんなでの夕食。
 
 
フットサルのW杯に日本代表として出たい。
 
僕がシーズン中にも関わらず、
ブラジル行きを決めたのはこの気持ちだけでした。
 
湘南ベルマーレフットサルクラブに来て3年目のシーズンとなった今年。
今年のベルマーレは違う。
と今や誰もが思っているでしょう。
 
このチームでプレーオフに出て優勝したい。
もちろん僕はそう思っていました。
しかしこのままでいいのか。という気持ちがどこかでありました。
 
僕は今25歳。
そしてW杯まで3年。
 
本当は日本代表に選ばれてから海外へ挑戦したかった。
なんの経歴もない日本人の評価はとても低いと思うから。
9月に行われたアジアインドアゲームズ。
日本代表はU-25でこの大会に出るというのは聞いていて、
それを一つの自分の中の区切りにしようと決めていました。
 
メンバーが決まり、
そこに自分の名前はなかった。
 
 
チームメートのホマリーニョ、エレニウソンと。
 
 
リーガナショナルのプレーオフでパトブランコに勝ったあとのロッカールームで。
 
 
試合には出てないですが、アップは参加しました。そのときの僕です。
 
 
僕はチームが決まり次第、
一日でも早く海外(ブラジル)へ行くことを決意しました。
 
とはいえ、
とんとん拍子にブラジルのチームとの契約が決まるわけもありません。
 
しかも海外へ行ったらうまくなるわけではない。
行くならレベルの高いチームでないと意味がない。
 
そんな折に、
リーガナショナル(ブラジルのトップリーグ)に所属するチーム、
 
「Foz Cataratas」
 
というチームが練習生としての参加を許可してくれました。
 
 
ブラジルのフットサルリーグは2月~12月ごろまで。
9月の終わりとなると、
 
シーズンは終盤です。
本来ならFリーグを戦い、プレーオフに出て、
2月から合流が一番いいタイミングなのかもしれない。
 
でも僕は来シーズンのスタートからこのチームの契約選手として入団するために
この時期に行くことを決めました。
 
要するに2か月間のトライアウト。
来シーズンこのチームに入団するためにアピールしなければいけません。
僕にとっては毎日が戦い。
 
そんなブラジルでの日々、そしてフットサルの環境など
現地でしかわからないようなことをこれから記事として書いていこうと思います。
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