縦に紡ぎし湘南の

【横編み日記】「湘南に来てくれてありがとう」

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サポーターの方々のまたたく間に延びた長い列が、物語っていた。サガン鳥栖復帰が決まった岡田翔平の、湘南での練習最終日の光景だ。

「そうですね、あんなに……びっくりしました」かみしめるように岡田は言う。
「ほんとに、そこまでしてもらえて幸せだったし、自分が支えてもらい、与えてもらってばかりだったなって」

加入1年目の昨季を思う。瞬時に相手の背後を突いた第9節横浜FC戦のらしいゴールをはじめ、第19節磐田戦やJ1昇格を決めた第33節京都戦の先制点、盟友・大竹洋平のパスから巧みに仕留めた最終節大分戦のゴールなど、記録にも記憶にも残るプレーは振り返るほどに尽きない。「与えてもらってばかり」ではない。

それでも首を振るところに、ああこのひとは14ものゴールを積み重ねてなお「満足には足りない」「もっとできる」と自身の足元を見つめていたのだと思い返す。だから続けた言葉もまた、らしい。
「それを引き換えにしても、俺はこうやってみんなによくしてもらって、もらったもののほうが大きかったと思う。ここから先、もっと力を付けて、活躍している姿をもっといっぱい湘南のひとたちにも見てもらうことが、これから自分がやることだと思っています」

古巣から声が掛かり、1カ月ほど悩んだという。
「途中で抜けることはいいことなのか、逆に恩を仇で返すことになってしまうんじゃないかとか、ひととして途中で投げ出すのは自分のなかで納得いかない部分もありました。今季、点が取れないとき、ほんとうに苦しかったときも、サポーターのひとたちがたくさん声を掛けくれて、応援してくれて、待ってくれていたのに、このまま点を取らないで行ってしまうことはどうなんだと思った。やっぱりすぐには答えを出せなかった」

一方で、古巣の想いも受け止めていた。
「今回こういうタイミングで、おまえを必要としていると言ってもらったことはサッカー選手としてすごく幸せなこと。サガン鳥栖には恩があるし、いつか恩を返そうと思っていたので、いま俺が救わなきゃいけないと思いました」

曺貴裁監督も岡田の決断を尊重した。
「選手にも話したけど、出会いがあって別れがある。今年に関してはいい使い方をあまりしてあげられなかったという僕のなかで反省はあるけれど、ここにいる選手たちや我々のクラブのなかで前向きな歴史をつくってくれたことは間違いない。残念な気持ちと、でも本人が選んだ道を応援してあげたいと思う。選手も僕らもまた一緒にやる機会がどこかで来るかもしれない。これで終わりというわけではなく、そのためにも頑張れという話をしました」

指揮官は岡田の1年半の成長をこんなふうに語る。
「もともと得点を取ることにしかたぶん興味がなかったと思うんだけど、それ以外、守備もオフ・ザ・ボールもプレーの連続性も、得点に至るプロセスで何をしなければいけないのかというのは、このチームに来て少し上がったかなと思います。得点感覚だけで取ることが、他の追随を許さないぐらい、彼の優先順位のいちばんだったと思うんですけど、いい意味でそういう感覚ではなくなったのかなという感じはします。ここからまたそのことにもう一度こだわってやれば、ベースが上がっているわけだから、またすべての面でプレーの精度も上がってくると思います」

最後の日、練習前のミーティングでは、スタッフが岡田を送り出すためにつくった映像を皆で見たという。「岡田との思い出がよみがえって……」そう口にした大竹をはじめ、チームの誰の胸にも迫るものがあったようだ。

この1年半を思い、あらためて岡田は言う。
「去年たくさん試合に出て、サッカーの部分で自信がついたし、ひととしても少し成長したかなというのは感じます。魅力ある人間になりたいと思っていたので、少しだけだけど、そういう部分で成長できたかなと思う。いいときばかりじゃなかったけど、すごく幸せな時間を過ごさせてもらったし、ほんとに来てよかったって、心から思います」

別れを惜しむサポーターの方々のまたたく間に延びた長い列が、その魅力を物語っていた。汗と涙で顔をくしゃくしゃにしながら一人ひとり丁寧に向き合う岡田に掛けられた言葉は、「鳥栖に行っても頑張ってください」、そして「湘南に来てくれてありがとう」。それぞれの胸に多くを刻み、次の舞台へ翔る。
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reported by 隈元大吾

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