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紫熊倶楽部に芯を通した森保一の言葉たち

2011年12月、広島の監督に森保一の就任が決まった時、「名将・ペトロヴィッチの後に、かつての名選手とはいえ、監督未経験の人材を据えるなんて」という批判が、少なからず存在した。中には「広島は弱くなる。降格するかもしれない」と断言するジャーナリストもいたり、実際に降格候補リストに名前があがったりもした。

結果は、ご存知のとおりである。

さて、今回は森保監督就任が決まった直後に発行されたSIGMACLUB2012年1月号に掲載された記事をご紹介したい。就任が決まったばかりでまだ新監督インタビューができない状況の中、 かつてSIGMACLUBで掲載した森保一選手の言葉を再編集した記事である。ぜひ、お読み下さい。

 

 成長するのは、自分に満足しない人

 

記念すべき紫熊倶楽部創刊号の表紙は、当時の絶対的なエース=久保竜彦だった。その2週間後、当時は隔週発売だった紫熊倶楽部第2号の表紙を飾ったのは、広島の至宝・森保一その人。真っ赤に焼けた肌をうるおさんとボトルの水を顔にかけ、その水しぶきが跳ねている。どんな時も全力を尽くす森保ならではの写真は、当時大きな反響を頂いたものだ。

この第2号の巻頭インタビューは当然、森保一である。前年(1999年)、京都から広島に復帰。最初の3試合はベンチに座っていたものの、第4節の対浦和戦から先発。素晴らしいパフォーマンスを見せて勝利に貢献すると、そこから先発に定着。エディ・トムソン時代最高の年間8位躍進に大きく貢献した。27試合2302分出場1得点。その数字以上のインパクトを残し、当時31歳の森保一はチームMVP級の活躍を見せた。

当時のコメントをここに記しておこう。

 

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