「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【フットボール・ブレス・ユー】第10回 潜熱(2016/08/03)

第10回 潜熱

高木善朗のシュートがゴールネットを揺らすのを見届け、冨樫剛一監督はへなへなと力が抜けるようにひざを折った。

派手なガッツポーズはない。選手やコーチと抱き合い、歓喜の輪をつくることもない。いつものことだ。よくやったと選手に拍手を送るのがせいぜいである。

7月31日、J2第26節のロアッソ熊本戦、東京ヴェルディはこの1点を守り切り、勝利をつかんだ。

「ゴールの瞬間は、めちゃくちゃ喜んでますよ。あのときは、これも入らない、あれも入らない、善朗の最後のひと押しでやっと入ったゴールだったので、崩れ落ちるようになってしまった」

ほかの監督に比べ、喜び方が常に控えめなのは明白だ。冨樫がこれ見よがしに小躍りしたり、自分の手柄のようにアピールする姿は見たことがない。

僕は、育成畑を長く歩んだ指導者という1本の補助線を引く。すると、見え方がだいぶすっきりする。メインはあくまでピッチであり、ベンチの監督がしゃしゃり出るのを良しとしない。以前、冨樫から聞いた「選手を見てください。僕のことは放っておいてもらって構わない」という言葉もこれを裏付けるものだ。

「自制しているつもりはないですね。ゴールが決まったとき、僕はすでに別の場所を見ている。ディフェンダーに声をかけたり、相手のベンチの動きを注視したり、やるべきことがあるので。コーチの頃からそうだなあ。どうやって自分が役立つか考え、監督の視野に入らない部分をフォローすることが大事だと思っていた。それを言うなら現役時代、ディフェンダーをやり始めたときからその習慣はありました。僕は点を取った選手に駆け寄り、ハイタッチするのを自分の流儀としていたんです。そうしながらも、次の展開を考え、危険な要素が転がっていないか目を配っていた」

コーチの経験、ディフェンダー出身の補助線を引くべきだったか。

「マネージャーもやっていたからさ。僕らは勝った負けたで気分の浮き沈みを表に出せますが、彼らの仕事は結果がどうだろうと常に同じクオリティが求められる。選手を安全に家に帰し、いい準備をさせなければならない。スタッフは本当によくやってくれていると思います。自分たちがゲームに集中できるのは彼らのおかげ」

チームを下支えするマネージャー、新人の獲得にあたったスカウトの補助線もあった。このように冨樫は切り口がいくつもあり、それぞれに豊かさを感じさせる人物だ。

日々、限られた時間を有効に使い、次の試合に備える。

日々、限られた時間を有効に使い、次の試合に備える。

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