「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【この人を見よ!】vol.12 無双の仕事 ~MF8 中後雅喜~(2016/09/15)

冨樫剛一監督が厚い信頼を寄せる、東京ヴェルディの司令塔だ。中盤の底に位置し、攻守をコントロール。的確なコーチングで味方を動かし、両足から放たれる正確なキックを武器に攻撃の起点となる。
2015シーズンは40試合4得点。キャリアハイの活躍ぶりでチームを牽引した。苦しい戦いが続く今季、土壇場の勝負で頼りになるのは中後の持つ豊かな経験だ。培った技術と精神力がものを言う。

■極限状態で発揮される精度

すーっと糸を引くようなロングパスが伸びていった。

9月11日、J2第31節の水戸ホーリーホック戦。1‐1の同点で迎えた後半アディショナルタイム、相手が大きくクリアしたボールを安在和樹がヘディングで落とし、回収した中後雅喜はいったん高木善朗に預ける。ダイレクトのリターンパスを受けた中後は、逆サイドでフリーになっているアラン・ピニェイロを目がけ、右足を素早く振った。

ライナー性のロングパスはアランの足元にピタリと収まる。アランのシュートはゴールキーパーに防がれたが、もし得点が決まっていれば、最後の最後にチャンスを演出した中後の英断と技術は、多くの称賛を集めたに違いない。

プロは、腕利き中の腕利きが集まる特別な世界だ。ロングパスを狙った場所に届ける程度なら、苦もなくやってのける選手が山ほどいる。十本中十本、ノーミスでこなして当たり前。だが、緊迫した状況で相手のプレッシャーを受けながら、しかも疲労の色が濃い終了間際、この精度を発揮できる選手はなかなかいない。プロ12年目、中後はこれで身を立ててきた選手なのだとあらためて思わされた。

「獲得を決めた最大の理由は、キックの技術の高さ。特に長いボールを蹴られるのが長所だった。どんな状況でも落ち着いてプレーでき、中盤でタメをつくれるのも目を惹いたポイント」

と語るのは、鹿島アントラーズのスカウト担当部長を務める椎本邦一。中後とは駒澤大の先輩後輩の関係で、他との争奪戦を制し、82年組の大学NO.1ボランチと評される逸材の獲得に成功した。

「加入した当初はディフェンスがぬるくてね。そこの強化を目的にサイドバックやセンターバックで使われたこともあった。鹿島で4シーズンやって、さまざまな経験をしながらここまで長くプレーできているのは本人の努力の賜物でしょうよ」(椎本)

僕が、プロ入りした頃の中後の話を聞かせてほしいと頼んだ人はもうひとりいる。選手の将来性を見抜く眼力と人間を使い捨てにしない真摯な姿勢で、伝説のスカウトマンと知られた平野勝哉。数々のタイトル獲得に至る鹿島の礎をつくった名伯楽だ。

「ドカンと蹴って走るといったフィジカルの強さを生かしたスタイルが駒澤大の伝統。そのなかでも、たまに小技を利かせられる選手がいてね。中後がそう。将棋の駒に喩えるなら、直線的な香車や飛車、角ではなく、桂馬の仕事ができる選手です。人間的には寡黙な子でした。周りに愛想を振りまくようなタイプではなかったなあ」

僕はこういった平野の人間を見つめる視線が好きである。スカウト業を引退した平野はサッカー界から離れ別の仕事に就いているが、そのエッセンスは椎本へと受け継がれている。人から人へとつながる伝統と美風。これこそが鹿島の強みだ。

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