「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【インタビュー】A Secret on the Pitch ピッチは知っている〈3〉 柳沢将之(東京ヴェルディ1969フットボールクラブ株式会社 普及部) 前編(17.7.28)

■好きなことを仕事にできる環境に感謝

――未知なる世界を楽しむような余裕は?
「正直、それどころではなく、仕事を覚えるだけで必死です。製造部は商品を出荷時間に間に合わせ、かつロスをなくすようにコントロールしなければならなかったので。上司は年下の人でしたが、言われたことにハイッと返事をしてやるしかない」

――体育会系の縦社会で育ってきた人にはつらそう。もっとも中途入社だと仕方がないか。総務部では?
「衛生管理のためのパートさんの手指チェックや苦情の電話対応、ほかに面接の業務もやっていました」

――商品の裏に記載されている、お客様相談窓口。あの電話に柳沢さんが出ていたんですか?
「はい。苦情に対してはひたすら謝るのみです。大変申し訳ございません!」

――柳沢さんみたいな人に全身全霊で謝られたら、すぐに許しちゃうと思う。
「それがそうでもなくて」

――電話ですもんね。表情が伝わればよかったのに。そうしてお仕事を続けるなかで、いつかサッカーの世界に戻るという希望はお持ちだったんですか?
「先のことはわからないけど、とにかく新しい職場で一生懸命やろう。それだけだったと思います」

――腰かけのつもりでは、会社の皆さんに失礼という考えも?
「そうですね。プライムデリカの方々にはとてもよくしてもらったんですが、つらくって辞めたいと思ったことは何度もありました。3年目だったかな。ヴェルディから戻ってこないかという話をいただいたんです。でも、最低5年は働かなければと」

――一般企業で経験されたことは、いまどんなふうに役立っていますか?
「選手もスタッフも、ここにいる人たちはサッカーが好きで、自分の仕事にできている。それは当たり前じゃないんだよってことが一番かな。実際、好きなことでお金を稼げることはそう多くない。だから、その環境に感謝しなければ。世の中にはいろんな仕事、働き方があって、その人たちが稼いだお金を使ってチームを応援してくれることでクラブは成り立っている。その仕組みを実感として理解し、ピッチでプレーする、運営などの仕事をするようになれば、また違ってくるはずです。僕は外の世界を経験してよかったと思いますよ。労使に関する36(サブロク)協定といった専門知識も得られました」

――ということは、ワードやエクセルも?
「一応、ひと通りは」

――現役時代、パソコンに触れることは?
「全然なかったです。聞いてはいたんですけどね。現役の頃からワードやエクセルを使えるようになっておいたほうがいいよと。あ、そうなんだとは思いつつ、何から手をつければいいのかわからなかった」

――ああいうのは明確な目的がないと習得するのが難しい。
「いま現役の人もたぶん同じじゃないかなあ。できるようになったほうがいいのはわかるけど、最初に何をどうすればいいかわからない。仮にチャレンジしたところで、これができている状態なのか自分では判定できない」

――引退後、サッカーとは無関係のセカンドキャリアを歩む場合、どんなことが大事になりますか?
「プロサッカー選手のプライドをいち早く捨てること。まずは捨てないとやっていけない」

――簡単ではないのでしょうね。ほとんどの人が自尊心、自負心を持て余すのでは?
「それでも、捨て去らなければ続けられないですよ。これは自分の意見ですが、プロでやっていた人が企業に入るまではある程度受け入れてもらえるんです。問題は、どれくらい続けられるか。そっちのほうが重要で、ハードルが高い」

――自分では捨てようと心に決めても、「あ、ハマの不沈艦だ!」と声をかけられることは?
「なかったですね」

――世間には定着してなかったか。このキャッチフレーズ、僕は大のお気に入りです。
「従業員には元Jリーガーの噂が広まってだいたい知られていましたが、たまに仕事関係の人から『もしかして、サッカーやってました?』と訊かれる程度でした」

※後編は8月1日に掲載します。

◎柳沢将之(やなぎさわ・まさゆき)
1979年、神奈川県生まれ。読売日本SCユース‐法政大‐東京ヴェルディ1969‐セレッソ大阪‐サガン鳥栖‐横浜FC。現役時代は豊富な運動量を武器とするサイドバックで、キャッチフレーズは「ハマの不沈艦」。気さくな人柄で多くのサポーターに親しまれた。2012年1月、現役引退を発表。食品大手プリマハムグループのプライムデリカ株式会社で5年間勤務したのち、サッカー界に復帰。2017年3月から東京ヴェルディ1969フットボールクラブ株式会社の普及部に加わった。

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