宇都宮徹壱ウェブマガジン

「地域決勝を突破できなかったら、すべてを失ってアウトでした」 木村正明(株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブ代表取締役)インタビュー<後篇>

 先週に続いて、株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブ代表取締役、木村正明さんのインタビュー後篇をお届けする。おかげさまでインタビューの前篇は、われわれが想像していた以上の反響を呼び、ありがたいことに大幅な会員増にもつながった。インタビューの後篇では、木村正明という人物について、よりフォーカスしていく。

 その前に2点、補足説明をしておきたい。今回のインタビューでは、「(しばし黙考)」という註釈が何度か出てくる。これは実際に木村さんが、私の質問に対して時おり「ちょっと考えさせてください」と断りを入れて、腕組みをしたまましばし黙考していた様子を再現したかったからだ。頭のいい人は、必ずしも雄弁というわけではない。むしろ言葉のチョイスに熟慮を重ねる木村さんの姿に、私は「できる人」という認識を新たにした。

 それからもうひとつ。インタビューの終盤で私は、村井満Jリーグチェアマンについて、やや執拗に木村さんに質問をしている。これはもちろん、理由があってのことだ。実は私は個人的に、「ポスト村井」は木村さんになってほしいと密かに願っている。ビジネスをよく理解していて、地方のクラブ社長出身で、しかも親会社からの出向ではなく、地域決勝も経験していて、なおかつ若くて優秀で人脈も豊富。これからのJリーグを牽引していくのに、これほどの適任者が他にいるだろうか?

 ご本人にご迷惑をかけたくないので、これ以上の言及は控える。が、こうした考えを持っているのは、決して私ひとりではないことだけは申し添えておく。そんな木村さんが、今のチェアマンをどう見ているのかを知ることで、読者の皆さんにも何かしらのヒントを提示できるのではないかと思った次第。それではさっそく、インタビューの後篇をお届けすることにしたい。(取材日:2016年6月4日@岡山)

■「残念ながらスポーツは、決して地位が高いとはえない」

――Jクラブの社長となって10年となりましたが、ゴールドマン・サックスに勤めてきた期間にはまだ及びませんか?

木村 そうですね、ゴールドマン・サックスの勤務が14年間でしたから。当時のことはもう記憶の彼方ですけど、ゴールドマン時代の激務については忘れるべきではないと考えなおして、最近は思い出すようにもしていますね。

――06年に岡山の社長になられて、その2年後にリーマンショックがあったわけじゃないですか。「もし、あのまま残っていたら」みたいなことは考えたりしますか?

木村 考えますね。それでも今のポジションで、社員も含めてより多くの人たちを幸せにしなければという想いと、「ゴールドマンに残っていたかもしれない自分」を超えなければいけないっていう想いもありましたから。

――それぞれ仕事のプレッシャーの質は異なると思うんですが、ゴールドマン時代と今とを比べた場合、どちらが大変でしょうか?

木村 難しい質問ですね(苦笑)。ゴールドマン時代は、モルガン・スタンレーとかメリルリンチといった強豪との競争があり、組織内での競争もあり、その上でお客さまからのプレッシャーがあったわけです。Jクラブの社長の場合、確かにJ2の全クラブはライバルではあるんですけど、地域というところで限定すれば脅威となる存在はいない。その代わり、岡山では女子バレーのシーガルスのほうが視聴率はいいし、年配の方々の間ではファジアーノよりも知名度はあったりします。そういう意味では「ライバルが見えにくい」というところでのプレッシャーはあるかもしれないですね。あとは金融とスポーツとの違いというのは、やっぱり感じますね。

――まあ金融というのは、一般的にはスポーツ以上に生活に密着していますからね。

木村 ゴールドマンに入社して3~4年くらいすると「ゴールドマン? おお、ぜひ会ってくれ」という感じだったんですけど、今は、空港で中学の先輩に会うと「うち、金ないから」とこちらが何も言ってないのに嫌そうでしたから(苦笑)。

――自分の仕事は「人々の生活にどれだけ必要とされているか」というところで、当時と今とではかなり違っていると。

木村 そこが一番ですよね。

――逆に言うと、スポーツやサッカーというものは非常に魅力的なコンテンツではあるけれども、「なくても生きていける」ものでもあります。そういった「商品」を扱っている難しさというものは感じていますか?

木村 残念ながらスポーツというものは、一般企業であっても学校組織であっても、決して地位が高いとはえないという現実がありますよね。それでいて、「スポーツ選手は社会の規範とならなければならない」という考え方も根強くある。バドミントンの五輪代表候補が、カジノに出入りしていたことで制裁を受けたことがありましたよね。やったことの是非はともかくとして、一般企業の社員であったら、あれほどの叩かれ方はされなかったと思うんですよ。あのニュースの扱われ方を見ていて、逆にスポーツに対する一種の偏見言葉は良くないかもしれませんが、地位の低さというものを僕は痛感しました。

――バドミントンのようなアマチュアスポーツの場合、日本では収入やステイタスは決して高くないのに、確かに選手に対する要求は高いですよね。ただしそれは、サッカーも状況的にはあまり変わらないと思いますよ。元Jリーガーが何かしら問題を起こすと、一般人ではあり得ないくらいに叩かれますから。

木村 その理由が、スポーツに関わる人の数が足りていないからなのか、あるいは欧米のようにプロクラブの歴史が浅いことに起因しているのか、そこは僕も答えが出せていないですね。

(残り 6890文字/全文: 9172文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック

会員の方は、ログインしてください。

1 2 3 4 5
« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ