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【特別寄稿】難問山積のロシア・サッカーとドーピング問題の行方 text by 服部倫卓

 9月1日、いよいよワールドカップ・アジア最終予選がスタートする。われわれの目的地は、言うまでもなく「ロシア」だ。ところがそのロシア、最近は何かと心配なニュースに事欠かない。

 先日のEURO 2016では、1勝も挙げられないままグループリーグ敗退。ホスト国として迎える2年後のワールドカップは大丈夫なのだろうか。一方で気になるのが、国家主導のドーピング問題。IOCは「各競技の国際連盟に判断を委ねる」と玉虫色の判断をしたが、これまたワールドカップに暗い影を落としそうな予感がしてならない。

 EURO以降のロシア・サッカーはどこに向かおうとしているのだろうか? そして今回のドーピング問題の影響は? なかなかビビッドな情報が入ってこないロシアのスポーツ事情。そこで以前、メルマガで『どこよりも早い!2018ロシアガイド』を連載していただいた服部倫卓さんに、現地の状況をレポートしていただく。

■EUROでインパクトを残したのは観客の暴力行為

 6月10日から7月10日にかけてフランスで開催されたEURO 2016。グループBに入ったロシアは、0勝2敗1分で同組の最下位に沈み、グループステージで敗退した。事前のある世論調査では、ロシアが「決勝トーナメントに進める」と予想していた回答者が57%、「進めない」と予想していた回答者が16%(27%は回答困難)。結果として、国民の期待を完全に裏切った形となった。覚えている方も多くないだろうから、3試合の結果を整理しておこう。

6月12日 ロシア1-1イングランド

6月15日 ロシア1-2スロバキア

6月21日 ロシア0-3ウェールズ

 初戦のイングランド戦、終了間際に追い付いた時には「これで波に乗れるか?」とも思われた。しかし、2戦目、3戦目と失速していく様子は、12年のEURO、そして14年のワールドカップの再現ビデオを見ているようだった。特に、大国意識の強いロシア国民にとって、スロバキアやウェールズのような小国に完敗したことは、屈辱以外の何物でもないだろう。もっとも、大会開催時点のFIFAランキングを見ると、イングランド11位、スロバキア24位、ウェールズ26位、ロシア29位という序列となっており、その意味でロシアの敗退は順当と言えなくもない。

 3試合を通じて、ロシアはボールを保持している時間は決して短くなかったものの、どうにも決定的なシュートシーンに持ち込めない。そうこうするうちに相手に先制点を奪われ、試合を難しくしてしまう。3試合合計で枠内シュートは6本だけ。得点はゲーム終盤にパワープレー気味に押し込んだ2点だけであり、結局FWのゴールは1つもなかった。

 グループステージ敗退を受け、代表監督のレオニード・スルツキー氏は、6月30日に辞任した。ただ、昨年夏に同氏が代表監督に就任した時点では(CSKAモスクワの監督と兼務)、そもそも長期・本格政権は想定されていなかった。EURO予選で苦戦し、ファビオ・カペッロ前監督が求心力を失っていたことから、「1イニング限定の緊急リリーフ」のような形で代表チームを引き受けたという経緯だった。

 ところがその後、予選でロシア代表があまりにも見事に復活してしまったため、「それなら本大会も任せよう」ということになったわけである。代表監督としてのスルツキー氏は、何か新しいことを取り入れるというよりも、「ロシアの既存の持ち札をかき集めて、急場をしのいだ」という印象が強かった。その結果、代表選手の世代交代は遅れ、世界で戦うためのこれといった戦術も構築できなかった。

 確かに、EURO本大会という大舞台を経験せずに、2018年の自国開催ワールドカップに突入する事態は避けたいので、予選をベテラン中心で乗り切ったところまでは理解できる。しかし、それが上手く行ったからと言って、その成功体験を本大会にそのまま当てはめるのには、無理があったのではないか。「2年後」を考えると、今大会でロシアが得たものは、あまりにも乏しかったと言わざるをえない。

 情けないことに、今大会でロシアがインパクトを残したのは、競技面ではなく、観客の暴力行為だった。「ロシアのような暴力が野放しにされている国で、ワールドカップを開催して大丈夫なのだろうか?」と不安に思った世界のサッカーファンも多かったはずだ。周知のとおり、マルセイユで行われたロシア対イングランド戦の前後に、両国のフーリガン同士が衝突し、多くの負傷者が出る事態となったものである。

 これを受けUEFAは、次に暴動が起きた場合には「両チームを失格とする可能性もある」と警告した。そうした中、ロシアのエリート層からフーリガンを擁護するかのような発言がいくつか聞かれたことは、何とも嘆かわしい。同性愛などには不寛容な一方、マッチョ的なことは無条件に肯定してしまう風潮が、ロシアにはあるのだ。ましてや、反ロシア的な英国の男どもと戦ったとなれば、英雄視されかねない空気がある。

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