宇都宮徹壱ウェブマガジン

作家の僕が書店員になった理由 中村慎太郎(作家/書店員)インタビュー<1/2>

 最近、渋谷で時間があるときに、よく利用しているカフェ兼書店がある。道玄坂にある『BOOK LAB TOKYO』だ。

 電源もWi-Fiも完備されている上に、渋谷にあって非常に静かなので執筆も捗るし、本を眺めながら息抜きもできる。加えてこの店は、イベントスペースとしての機能も有しており、つい先日もここで能町みね子さんとの対談をさせていただいた(近々、当WMに掲載予定)。とにかく、非常に使い勝手の良いお店なのである。

 そんな『BOOK LAB TOKYO』に、今年1月から書店員として働いているのが今回のゲスト、作家の中村慎太郎さんである。中村さんといえば、14年に『サポーターをめぐる冒険 Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった』で鮮烈なデビューを果たし、同作は翌年のサッカー本大賞2015を受賞している。

 あれから2年。奇しくも今年のサッカー本大賞の授賞式の日に、中村さんにインタビューするべく渋谷のお店を訪ねてみた。エプロン姿で出迎えてくれたご本人は、すっかり仕事にも慣れたようで、その佇まいはまさに書店員そのもの。とはいえ、中村さんが書店員となったのは「生活のため」よりも、むしろ「作家として本を出し続けるため」であったという。実際、書店員の仕事を始めたことで、それまで抱えていたスランプから脱却することに成功したそうだ。

 執筆時間の捻出には苦心しているものの、「文章を書くこと」について語る中村さんの表情は、去年と比べて格段に明るくなっている。果たして作家・中村慎太郎は、書店員となったことで何を得ることができたのであろうか。それを探っていくのが、本稿の目的である。なお、中村さんが主宰しているPodcastチャンネル(インターネットで聞けるラジオ)『ハトトカ』に、このほど私も初出演させていただいた。公開は今月13日(土)とのこと。こちらも併せてお楽しみいただければ幸いである。(取材日:2017年3月31日)

■サッカー本大賞を受賞後スランプに

――今日はよろしくお願いします。このあと、サッカー本大賞の授賞式に行くんですけど、中村さんが15年に『サポーターをめぐる冒険』で受賞してから2年が経ちました。振り返ってみて、いかがでしょうか?

中村 もっと順風満帆にいくものだと思っていたら、全然あそこから書けなくなりましたね。おそらく賞を取らなければ、もっと気軽に書いていたと思うんですけど。

――賞がプレッシャーになったと?

中村 プレッシャーになったんだと思います。自分の中ではそう思っていなかったんですが、いろんな人に「次回作を楽しみにしています」って言われたり、急に交友関係が広がったこともあって、どうしても他人を意識した書き方になったり、それがスランプの入り口でしたね。

――デビュー作は結局、どれくらい売れたんですか?

中村 5000(部)ちょっとだと思います。最初は1500からスタートして、3刷までいったのかな?

――3刷は素晴らしいですよ! では、書き手として仕事は増えました?

中村 選ばなければ(仕事は)あるんですけど、やりたいことも明確になってきたところがあるんです。本当は書籍化につながるような連載の仕事がもらえればいいんですけど、どうしても単発になってしまうんですよね。

――とはいえ受賞がきっかけで、村井さん(満=Jリーグチェアマン)に会えたりとか、明治安田生命から仕事が舞い込んだりとか、今まで考えらない展開もあったじゃないですか。

中村 デビュー作が賞を取ったのが大きいのかなという気がするんです。チェアマンにお会いできたのも、Jリーグ国際部の山下(修作)さんが勧めてくれたからでした。ただし賞を獲っていなかったら(チェアマンに)届かなかった可能性は大きいと思います。

――村井さんのところには、それこそサッカー本以外でもたくさんの献本があると思うんですよ。にもかかわらず、限られた時間の中でしっかり読んでくれて、しかもわざわざ会ってくれるなんて、そうそうあることではないと思います。どんな話をされたんですか?

(残り 3493文字/全文: 5147文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック

会員の方は、ログインしてください。

1 2 3
« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ