宇都宮徹壱ウェブマガジン

「山奥のスタジアムに100億円」という決断はなぜ下されたのか? トークイベント「専スタを作る自治体、作れない自治体」<1/4>

 今週と来週は、7月17日に東京・渋谷のBOOK LAB TOKYOで行われたトークイベント「専スタを作る自治体、作れない自治体」の模様を2週にわたってお送りする。もともとは拙著『J2&J3フットボール漫遊記』の出版を記念して開催された当イベント。まずはその経緯について簡単に説明しておきたい。

 ロシアでのコンフェデ取材から帰国してすぐ、高円寺のKITEN!にてWMの1周年イベントを開催した。その際にゲストとしてご出演いただいた、ちょんまげ隊長ツンさんから「BOOK LAB TOKYOで出版記念イベントをやりませんか?」というお誘いを受けることになった。当初はアンダーカテゴリーをテーマにした内容を提案されたが、私としては「むしろ自治体とスタジアムに絞ったほうが良いのでは?」と逆提案させていただき、そこからはトントン拍子に話が進んだ。

 私が「自治体とスタジアム」というテーマを思いついたのは、もちろん理由があってのことだ。『J2&J3フットボール漫遊記』の各章において、ライセンスに関する話が頻出しており、とりわけスタジアム案件は非常に重要なウェイトを占めていた。そこで、自治体とスタジアムの健全な関係性について、さまざまなゲストとディスカッションしたほうが、より有意義なイベントになると考えた次第である。

 今回ご登場いただくのは、漫画家の能田達規さん、Espoir Sport株式会社代表取締役の長岡茂さん、そしてロック総統の3人である。愛媛FCのサポーターであり、愛媛のスタジアム事情について常に意見を発信し続けている能田さん。鹿島、新潟、湘南、鳥栖、北九州と5つのクラブをスタッフとして渡り歩いてきた長岡さん。宮崎の企業クラブ、ホンダロックSCのサポーターであり、地方のスタジアムに関する評論に定評のあるロック総統。この3人のスケジュールを押さえた時点で、イベントの成功は間違いないと私は確信した。

 イベントは、第1部で私と能田さんと長岡さんが、それぞれスタジアムに関する問題的をプレゼンーション。そして第2部ではツンさんの司会のもと、プレゼンをした3人にロック総統を加えてディスカッションを行うという構成である。当日の参加・不参加に関係なく、存分に楽しめる内容となっているので、最後までお読みいただければ幸いである。なお、今回のイベント開催にご協力いただいた、BOOK LAB TOKYOの中村慎太郎さんには、この場を借りて御礼を申し上げたい。また、イベント当日の撮影はすべて、佐藤功さんによるものである。(2017年7月17日収録@東京)

<目次>

*「スタジアムに関して日本はロシアに抜かれた」(宇都宮)

*「重要なのは専スタではなくアクセスなんです」(能田)

*「ただ『専スタを作ればいい』というのは古いロジック」(長岡)

*「専スタなくてもええじゃないか!」(ロック総統)

*Jに上がれなかったら愛媛FCは消滅していた?

*北九州市が専スタ建設に積極的だった理由

■「スタジアムに関して日本はロシアに抜かれた」(宇都宮)

宇都宮 このほど上梓しました『J2&J3フットボール漫遊記』は、通算10冊目の書籍であり、実は私にとって初めて「Jリーグ」をテーマにした作品でした。ここでは取材時にJ2とJ3に活動していた18クラブを取り上げているんですが、執筆中にスタジアムやライセンスの話は本書の裏のテーマになっていることに、あらためて気づかれました。今回、「専スタを作る自治体、作れない自治体」というテーマ設定をしたのも、実はそうしたことが背景にはありました。

 で、ここから少し遠回りになりますが、先ごろ開催されたコンフェデの話をさせてください。ちょうど本が完成した時、私はロシアで開催中のコンフェデの取材で、モスクワ、カザン、ソチ、サンクトペテルブルクの4会場に足を運びました。ロシアについては、2000年代初頭に『ディナモ・フットボール』の取材で初めて現地を訪れて以降、だいたい8年おきにロシアに赴いています。

<改修前のディナモ・スタジアムの写真>

 これが初めて取材した頃の、ディナモ・モスクワのスタジアムです。トラック付きの屋根なしでトイレがむちゃくちゃ汚いという、東ヨーロッパによくある典型的な社会主義の施設です。ディナモは内務省が管轄するクラブでしたが、赤軍のCSKAも、鉄道省のロコモティフも、スタジアムに関してはだいたいこんな感じでした。ところが今回、新設されたスパルタク・モスクワのスタジアムを見てびっくりしたんですね。

<スパルタク・スタジアムの写真>

 屋根付きトラックなしの球技専用で、トイレも清潔。しかもWi-Fiもビンビン飛んでいるスマートスタジアムでした。収容人員は異なりますが、カザンもソチもペテルも、すべて最新鋭の球技専用スタジアム。ついでに言えばモスクワの他のスタジアム、ロコモティフもCSKAも今は専スタですし、決勝が行われるルジニキも、そして先ほどお見せしたディナモも、専スタとして生まれ変わる予定です。つまり首都モスクワには、2万8000人から8万人収容の専スタが4つもできることになるわけです。3年後に夏季五輪を開催する東京に、J1基準を満たすスタジアムはいくつあるでしょうか? 味スタのみですよね。専スタについてはゼロです。

(残り 4630文字/全文: 6797文字)

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