津田大介のメディアの現場

vol.0_4 『メディア/イベントプレイバック』(サンプル)

津田大介の「メディアの現場」2011.8.31(vol.0/創刊準備号)

僕が出演した番組やトークイベントなどで、内容が面白かったものをテキストで読みやすく再編集してお届けします。原発・放射線の問題や政治全般、著作権、音楽の話までテーマは多岐にわたる予定です。〔毎号配信〕

vol.0のゲストは、早稲田大学社会科学総合学術院教授の久塚純一さんです。

「子ども手当」とは何だったのか

(8月9日 J-WAVE『JAM THE WORLD』「15MINUTES」より)

出演:久塚純一(早稲田大学社会科学総合学術院教授)、高橋杏美(『JAM THEWORLD』リポーター)、津田大介


高橋:8月4日、民主・自民・公明の3党は15歳以下の子ども一人あたりに対して毎月1万3000円が支給されている子ども手当を廃止して、政権交代前にあった児童手当を復活させる方向で合意しました。

津田:子ども手当というのは、これで民主党が政権をとったと言っても過言ではないくらい目玉の政策でしたよね。それが財政が厳しくなったから止めるというのはあまりにも場当たり的対応だということで非難されても仕方がない。とはいえ、僕たちも実際のところ、子ども手当の意義や効果について、いまいちわかっていない部分も多いわけです。そこで今回は専門家の方にお話を伺って学んでいきたいと思います。

高橋:今夜は子育て支援の問題に詳しい早稲田大学社会科学総合学術院教授・久塚純一さんをお招きして、子育て支援のあるべきかたちについて考えたいと思います。久塚先生、よろしくお願いします。

久塚:はい。本当に懐かしい方が目の前にいてね。津田さんなんですね。

津田:僕、大学が早稲田の社会科学部で、久塚さんは僕の恩師なんですよ。先生のゼミ生でした。

高橋:学生時代の津田さんはどんな感じだったのかを教えていただけますか?

久塚:津田さんは本当にまじめというか、人と話すのがあんまり得意じゃなかったですよね。相手の方の顔だとか目を見て話すのが苦手で、いつも下を向いて一人で考えているような学生でしたね(笑)。

津田:いやぁ……。その頃はまだ髪の毛も金髪じゃなかったですしね。そんな人と話すのが苦手だった人間が今こうしてラジオパーソナリティーをやってるわけですから、人生わからないものですね……(笑)。さて、今回は「子ども手当」がテーマなんですが、そもそも子ども手当っていろいろ報道されるわりには、もともとどういう制度なのか、良いところと悪いところはどこなのかがわかりづらいと思うんです。

久塚:「子ども手当」の前には、「児童手当」という制度があったんです。この制度には、これまでにも変化がたくさんあったんですね。1971年の児童手当創設当時は(実施は1972年)、義務教育修了前まで手当を支給するという形でした。それが1985年には義務教育就学の前、91年には3歳未満までというふうにずっと下がってきたんですね。近年、少子高齢化の問題などが出てきたことで2006年には小学校修了前まで拡大された。児童手当自体がフニャフニャになってきた歴史を抱えているシロモノなんです。

高橋:今回また対象年齢が変わって、12歳から15歳に引き上げられたということですね。

津田:来年度からの児童手当では「960万円」という所得制限が設定されるんですが、これについて久塚さんはどうお考えですか?

久塚:所得制限を設けるのは大きな変化ですね。今回の3党合意についてポイントは4つあります。まず、考え方の基本にあるものが見えなくなってしまったのではないか。これが一つ目の大きなポイントだと思うんですね。つまり、当初は質的な議論をしていたはずなのに、どこかで量的な議論に変わってしまったんです。

津田:いつの間にか議論がすり替わってしまったと……。そもそも、民主党の子ども手当の基本にあった考え方はどういうものなんでしょうか?

久塚:民主党が子ども手当をマニフェストに掲げて実現しようとしたのは「所得制限をなくそう」ということだったんです。かつての児童手当にあった所得制限をなくした形で、子ども手当を実現しようとした。子育てというのは主に“家庭”でするんだけれども、“主体としての子どもが育っていくこと”に光を当てようと考えたんですね。つまり、児童というものを世帯の所得との関係で見るのではなくて、児童個人をベースに制度を作ろうとしたわけです。

高橋:その理念、子ども個人に焦点を当てるというのが新しかった?

久塚:と言えると思いますね。

津田:ある意味、欧米型の一つの福祉概念が輸入されてきたと。

久塚:ええ。極端に言えば、フランスの「パックス」というのがありますけれども、男性と男性、女性と女性が一つのカップルになって、そこで養子縁組をして育てるというようなことも念頭に置くかどうかまで、話は広がっていくわけですね。

高橋:当初、子ども手当は「全額国が負担するんだ」というふうにしていたわけなんですけど、政権交代から2年の間に、財源の体系も変わってきているんですよね?

久塚:はい。これが二つ目のポイントなんですけれども、「控除から手当へ」というのが民主党の基本的な流れだったんです。所得税をかける時に、扶養控除、年少扶養控除というのがありますね。子育てをしていたら大変だから、税金をちょっと少なく控除しましょうというのがかつての制度だったんです。民主党はその “控除”をなくして、新しい“手当”を作ろうとした。

ここでまったく新しい制度になったのであればいろいろな考え方ができたし、オプションもあったわけです。ところが「どうもお金が足らない」ということになって、当時の長妻厚生労働大臣が「昔の児童手当をベースに考えるのであれば、全額国の負担でなくてもいい」ということに一部了承したものだから、本来はセットだったはずの「控除と手当」が分断されるような形で今日に至っているんです。

津田:複雑ですね。

久塚:控除と手当が分断される形で今日に至ったことで、先行きが不透明なものが結論として出てきたということが三つ目のポイントです。たとえ支払いが苦しくても、理屈が通っていたらお金を出そうかなと自分を納得させますよね?
そうして一度納得させたはずだったものが、「あれは違うんだよ」みたいな話になったので、「私たちは何を信じてきたの?」ということになってしまった。さらにその結果として、一定の所得のラインを引いたことで分断が生じてしまった。

津田:ねじれ国会になってしまったがゆえに、こういう法案がどんどん政治的な取引に使われているということも一つポイントになっていると思うんです。その背景には誰にでもわかりやすいように噛み砕いて報じてしまうメディアの問題もあると思うのですが、その点はいかがですか?

久塚:メディアの責任というのもあるんでしょうけど、それ以前にメディアが使いたくなるような理念というのが打ち出せていないというのが現状です。

津田:なるほど……。理念という意味では、民主党が政権交代の前にマニフェストとして子ども手当を打ち出した時、久塚さんはどう評価されました?

久塚:両手を挙げて賛成というよりは、これがどうなっていくのかなということが心配になったわけです。津田さんもご存じのように、私は基本的な考え方として、「ある政策というのは、こうでなければならない」ということをあまり強く持ってないんですね。国民を納得させるための理屈をどうつけるのかが明確であり、骨太であることが重要なんです。

津田:民主党の理念は当初から時を経ることでどんどん骨抜きになっていったと思うんですけど、逆に今回の合意で自民党と公明党の理念というのは見えてきているんでしょうか?

久塚:子どもというものを、生活しているご家庭の所得によって左右される存在だと見なす点では、旧来の児童手当とあまり変わりがなくて。ただ給付の年齢を上げたり、金額を上げたり――いわば量的な拡大のところで勝ちとったのが今回の合意だと思うんですね。

津田:まさに政争の具にされているということなんでしょうね。

高橋:最後に、久塚さんが考える子育て支援政策のあるべき姿について教えてください。

久塚:非常に難しいんですけれども、確実に言えるのは、誰でも子どもの時はあったということなんですね。今回のような大震災であるとか、そこまでいかなくても親とか家庭とかいうことで、いつ何が生じるか分からない――子どもというのはそういう存在なんですね。前年度の所得がどうだということにあまり振り回されずに、今そこにいる目の前の子どものことをどう考えるんだということをベースにすることがまず大事だと思います。

高橋:久塚さん、お忙しい中ありがとうございました。

津田:いやー、ためになる授業でした。ありがとうございます、先生。

 

▼久塚純一(ひさつか・じゅんいち)
1948年北海道生まれ。同志社大学法学部卒業後、九州大学大学院法学研究科博士課程中退。北九州大学法学部助教授などを経て、現在、早稲田大学社会科学総合学術院教授。主な著書に『フランス社会保障医療形成史』(九州大学出版会)、『比較福祉の方法』(成文堂)など。

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