【無料掲載】日々雑感ー選手コラム『阿部勇樹ー敢然と立つ』

紡げない言葉 

 鎌田大地のフランクフルト移籍セレモニーが行われている。声援が飛び交うベストアメニティスタジアムのコンコースを歩いている。視線は上を向くが、その目は少し虚ろだった。どんな時も気力を保つ彼が、途方に暮れている。

「今日は言葉が出てこない。うーん、今日の試合だけじゃなくて、一回整理しなきゃいけない部分があるだろうし、うん……。もちろんやっている以上、結果を出していかなきゃいけないチームではあるし、求められているから。……、うん、まあ、切れずに進んでいかなきゃいけないと思うんだけれども……。結果が全てだし、今、言えることはないです。申し訳ない」

 黙考しても答えが出ない。これまでは指針を貫き戦い続ける姿勢の重要性を説いてきたキャプテンが逡巡している。しかし、一度帰りかけた彼は、決意を固めたようにして再び振り向いた。

「うーん、でも、言うことはないけど、ないけど、ここで立ち止まって終わる訳にはいかない。ここから打開して進んでいかなきゃいけないんで、今はその状況だと思う。今は難しく考えすぎているのかもしれない。頭をクリアにして、チームとしてね、どうしても結果が出ないとネガティブな感じになるのでね。どうにかね、打開していきたい、するしかない」

 チームが負けたとき、彼は必ず言葉を発してきた。それがプロサッカー選手の挟持であることを理解している。かつてチームが敗戦した時、彼はこう言って仲間を庇った。

「今日は俺のせいで負けた。ちゃんと書いてよ。俺のせいで負けたって。責任の所在ははっきりさせきゃいけない。俺はどんな言葉も受け入れる。サポーターがブーイングするのは、それだけ彼らが浦和のことを思っているから。それを受け止められないなら、プロサッカー選手である意味なんてない。俺と皆の気持ちは一緒だよ。勝ったら嬉しい。負けたら悔しい。その感情の度合いに選手とサポーターの違いなんてない。ピッチに立つ俺らは、その責任を背負って戦わなきゃならない」

 鳥栖戦の前、埼玉スタジアムでのジュビロ磐田戦は文字通りの死闘だった。大井健太郎のゴールで先制された浦和は窮地に陥ったが、ここでキャプテンの執念が爆発した。43分、柏木陽介のCKにニアサイドから飛び込んでヘディングシュートを流し込むと、56分には興梠慎三とのワンツーリターンからスライディングシュートで逆転ゴールを決めた。シュートはGKクシュシュトフ・カミンスキーの足に当たったが、それ以上のパワーを充填してねじ込んだ。その瞬間、彼は雄叫びを上げて立ち上がり、駆け寄る仲間を抱いて再び咆哮した。しかし、それでもチームは勝てなかった。磐田が同点、3点目、4点目と得点を積み上げると、浦和の選手たちはピッチ上を彷徨い、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間に膝の上に手を置いてうつむいた。

 自問自答を繰り返しても答えは出ない。結果を果たさねば道は開けない。しかし迷い込んだ暗い森は延々と続き、その出口を見出だせないでいる。

  東京ヴェルディ1969へ移籍した永田充が、かつてこう言っていた。

「阿部さんはいつも俺に対して『なにか隠しごとしてるだろ? 黙ってないで言えよ。お前はいつもひとりで考え込んで、それがプレーに表れるんだから』って言うんです。俺から言わせれば、阿部さんの方こそ自分のことを語らない。だから阿部さんがなにを考えているのかわからなくなることもある。でも、これだけは知っている。阿部さんはいつだって、自分のことじゃなく、周りのことばかり気にかけている。俺らは、その阿部さんの思いをもっと感じ取らなきゃいけないんじゃないかって」

 阿部は普段の練習後にたいてい堀孝史コーチとロングパスを蹴り合っている。時折屈託のない笑顔を浮かべながらボールを蹴っている。

「堀さん、そこで立ち止まってて。ど真ん中にボールを当てるから。ホントに球が来ても逃げないでよ。強烈なのを叩き込むから(笑)」

 普段は寡黙だが茶目っ気はある。それでも、彼にはボールを蹴る理由がある。周りに目を光らせて、今のチームを俯瞰して見たいのだ。誰がシュート練習をしているのか。ジョギングしている奴のコンディションはどうなのか。早めに引き上げた選手はどこか具合が悪いのだろうか。本人は気づかれないように平静を装っているが、実は誰もが知っている。キャプテンは見ている。それだけで、このチームの土台は強固になる。

皆で支え合う

 もう何度、阿部のことを書いてきただろう。彼のことを記すときは、たいていチームが危機を迎えているときだ。しかし2017年6月の今は、おそらく現体制で最も苦しい状況に立たされている。だから彼は矢面に立つ。2012年の冬に決意した思いは揺るがない。その夢が尽きたとき、彼のサッカー人生はひとつの終焉を迎える。

 天皇杯2回戦・グルージャ盛岡戦。主力選手のほぼ全員が休養を与えられてベンチ入りしない中、浦和駒場スタジアムに現れた阿部は躊躇なくロッカールームへ入っていった。普段出場機会を与えられていない選手を激励した後、皆を集めて円陣を組んで号令を発した。

 「勝つぞ!」

 普段は言葉を発してリーダーシップを示さない阿部があえて仲間を鼓舞した。その思いが痛いほど伝わるからこそ、現状がもどかしい。

 『One for all,All for one』という言葉がある。

 『ひとりは皆のために、皆はひとりのために』。

 阿部は皆のために闘っている。ただ、こうも思う。背負うものが多過ぎる。責任を負いすぎる。ひとりで闘う彼を引き止めることなどできない。でも、だからこそ今、彼の思いに共鳴して、『皆』が彼のもとで団結してほしい。そして彼もまた、『皆』を頼ってほしい。

 日本代表の合宿で日本に帰国していた原口元気が皆に黙って日立台に来ていた。首位・柏レイソルに圧倒されて敗戦を喫した浦和を観た彼は、苦虫を噛み潰すように呟いた。

「阿部ちゃんは頑張ってる? 言わなくても頑張ってるか。そりゃあ、そうだよね。阿部ちゃんはいつだって、誰がなにを言ったって全力を尽くしてるからね。俺もレッズに居たときは、いつもピッチで阿部ちゃんが背中を押してくれた。だからこそ思う。厳しいことを言うようだけど、今の浦和は阿部ちゃんに頼りきりなんじゃないかな。皆が等しく責任を負って結果を求めるのが本当のチームの姿でしょ。だったら、今度は皆が阿部ちゃんを支えるべきだと思う」

『共に成し遂げる』

 それがチームスポーツの根底で、かけがえのない意義。その『共』とは、監督、コーチ、選手、サポーターという運命共同体を指す。

何度でも記す。

「ACL、いいね。アジアのひりひりする闘いの中でタイトルが獲れたらいいね。ルヴァンカップ、狙いに行くよ。天皇杯、全てのタイトルを獲るために闘っている。それがサッカー選手の使命だから。リーグ、……、必ず獲る。必ず獲るよ。俺はさ、浦和レッズでJリーグを獲りたいんだよ。それ以外に願いなんてないよ。他の全てを犠牲にしても、俺は浦和レッズでJリーグを獲りたい」

 阿部勇樹は諦めない。その想いは、ピッチの上で示す。観てほしい。彼の熱意を、彼の闘志を、彼の心を。

「皆で、全員で、喜び合いたい。それが俺の唯一の願い」

 敢然と立つ。それが阿部勇樹という男の生き方だ。

 

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