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松沢呉一のビバノン・ライフ

カフェー女給と娼妓の写真に見るモラル・・・ 昭和の肖像権を検証する [娼婦の無許可撮影を考える 2 ]松沢呉一 -3,797文字-

2014年12月30日17時48分 カテゴリ:性風俗史カフェーセックスワークを考える連載娼婦の無許可撮影問題連載肖像権性風俗史赤線性風俗史遊廓


娼婦の無許可撮影をするゲス写真家は今に始まったことではない-『危険な毒花』と『月蝕』 [娼婦の無許可撮影を考える 1 ]」の続きです。

 

 

昭和20年代から起きていた肖像権裁判「東京温泉事件」

 

vivanon_sentence「娼婦の無許可撮影をするゲス写真家は今に始まったことではない」では「この時代においても、無許可撮影はフェアではないという認識があった」と説明したつもりですが、ここが理解されにくいようです。

もちろん、昭和30年代と今とでは法やモラルがまったく同じではありません。今は小学生でも敏感で、勝手に写真を撮ると怒られます。さすがに昭和30年代にはこんなことはなかったでしょう。写真を撮られることを喜ぶ子らもいたと思います。だからといって、無断で人の顔をバンバン撮ってバンバン公開してよかったわけでもない。

最高裁で肖像権が確立されるのはもっとあとのことですが、肖像権をめぐる裁判は早くも昭和20代から起きています。わりとよく知られているものに「東京温泉事件」があります。

昭和28年、トルコ風呂「東京温泉」で起きたものです。銀座の「東京温泉」はトルコ風呂、つまり今のソープランドの元祖とよく書かれてますが、厳密に言うと違います。「東京温泉」は着衣のマッサージ嬢であるミストルコはいるにしても、エロサービスはありません。中にレストランや理髪店もある総合レジャー施設であり、今の健康ランドに近いものです。これについては拙著エロスの原風景に詳しく書いています。

この「東京温泉」でジャズバンドの演奏があって、その際に撮影された写真が雑誌に掲載されます。記憶が定かではないですが、米国のジャズメンのライブだったはずで、だからこそ雑誌ネタになったわけですし、「東京温泉」はそういう場所でもありました。

そして、そこに写っていた会社の上司と部下の2名が訴訟を起こします。仕事をさぼっていたことがバレたとか、ミストルコに入れ込んでいるのかと冷やかされたとか、単に半裸でいるところが雑誌に出て恥ずかしいとか、なにか納得できないことでもあったのでしょう。

しかし、東京地裁は、「黙示の承認」を認めて、原告の訴えを退けました。「黙示の承認」というのは、撮影を拒否しなかったことで実質承認があったと見なせることです。

具体的には「東京温泉は客に注意を促していたこと」「着衣のカメラマンがいたことが当然に認識できること」「近距離で撮られていること」「多数の写真を撮っていて、他の写真にも原告らが写っていたこと」「原告らがカメラを意識していること」「拒否できる状態にあったこと」「公開する写真、つまり報道のための写真であったことが認識できたこと」などが「黙示の承認」があったことの根拠になっています。現実に不利益があったところで、その場で拒否しなかった以上は後の祭り。

広く一般に「肖像権」という言葉が知られていたわけではないですが、こんな裁判があり、「黙示の承認」があったとされなければ原告らは勝てた可能性があるんですから、裁判所は、早くから無断で写真を撮るのはプライバシー侵害になると判断していたのだし、自分が望まない写真を撮られ、公開されていいわけではないことくらいは知られていたことがわかりましょう。じゃないとわざわざ訴えません。むしろ、「黙示の承認」という考え方が浸透していなかったため、あとになって文句を言っても通用すると思われていたと言えるかもしれない。

 

 

 80年前の雑誌に見るカフェーの女給写真と娼妓の写真の違い

 

vivanon_sentence繰り返しますが、これは法律以前から存在していたモラルです。写真を撮られることを嫌がっている人を無理矢理撮り、あるいは隠し撮りをして、無断で公開していいとは思えなかった人たちは以前からいたのです。明文化された規範が存在しなくても、そのくらいの配慮はするってもんですよ。法(この場合は裁判所の判例)はそのモラルを後追いしたに過ぎません。

今も写真を撮ろうとして、「やめてください」という人がいたらやめますよね、普通。その時に、「判例では…」と考えてやめるわけではないでしょう。法以前に、自分の中にある理性なり常識なりとしてやめる。その内的判断は法が後追いしたことによって強化はされているにせよ、予め私らの中にあるものであって、いつの時代にも存在しているものであり、私はここでそれをモラルと呼んでいます。道徳とはまた違って、他者の人権への配慮なのですが、便宜上そう呼んでおきます。

以下の写真を御覧ください。雑誌「ギャング」創刊号(ギャング発行所・昭和7年)に出ていた新宿の写真です。「ギャング」は大変面白い実話雑誌です。

 

 

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