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松沢呉一のビバノン・ライフ

娼婦の無許可撮影を許したのは、この社会の「良識」だった [娼婦の無許可撮影を考える 3 ]松沢呉一 -4,469文字-

2015年01月06日19時50分 カテゴリ:セックスワークを考える連載娼婦の無許可撮影問題連載肖像権


なぜ盗撮写真家たちは痛みを感じることがなかったのか

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昭和28年には「東京温泉事件」があり、肖像権という言葉はともあれ、無断で写真を撮って公開したら訴えられかねないことはそこそこ知られていたはずです。それ以前にも、相手の事情を配慮する写真家たちがいたことの具体例も挙げてきました。

にもかかわらず、『危険な毒花』の常磐とよ子、『月蝕』の若林のぶゆきは隠し撮りをし、本にして発表をし、展覧会への抗議も無視し、それで微塵とも痛みを感じた様子がないのはなぜなのか。

「赤線の女たちを恐ろしい闇路へけおとしたのは誰か」に答えがあります。社会全体が赤線の女たちを葬ろうとしていたからです。そこで説明したように、売防法は売春をする女たちの人権の法律ではありません。売春をする女たちを蔑視する人々が推進し、社会秩序のために作られた法律であり、神近市子がはっきり自著で述べているように、その秩序に沿う生き方をする主婦たちのために、売春する女たちは犠牲になっていいという考え方に基いています。

私が言っても説得力がないかと思うので、売防法制定までに出された雑誌や書籍を丹念に読んでみてください。あるいは、「赤線の女たちを恐ろしい闇路へけおとしたのは誰か」の最後に引用した「女・エロス」の一文をもう一度読んでください。

「女・エロス」はリブの雑誌で、大学時代の私の愛読誌です(リアルタイムではなく、数年遅れてバックナンバーを読んでました)。あの時代のリブにはシンパシーがあるものですから。リブに教えられたことをその後も私は実践しているだけなんですけどね。

隠し撮りをバックアップした婦人議員やキリスト教団体

vivanon_sentence「女・エロス」の主張は、売買春を否定し、家族制度にも批判を向けるというものだったかと思います。両者はコインの裏表であるというベーベル以来の主張を汲むものです。だからこそ、「主婦フェミニズム」からの批判も浴びてました。「母性保護論争」から現代まで形を変えて繰り返されるテーマです。

私はどっちも改善されるべき点がありつつ、個人が判断するものでしかないという考えです。「主婦をするも売春をするも似たようなものなのだから、好きにすればいいんじゃね?」ってことです。のちの自己決定権につながる考え方です。

その点は「女・エロス」とは180度違うとも言えるのですが、家族制、一夫一婦を保守する立場からの売買春否定、あるいはそれを補完する売買春肯定を批判する点は同じ。後者は「男が買春するのは男の解消。しかし、女は貞淑でなければならない」といった考え方です。それらはいずれも旧来の家父長制に則った価値観を強化するものでしかない。売防法はその考えによって作られた法律ですから、当然批判します。

まさに、そのような立場から、この社会は赤線の女たちを切り捨てました。主体になったのは神近市子を筆頭とする婦人議員、矯風会を筆頭とする宗教団体の女性たちです。もちろん、男性議員もまたこれに同調したのだし、伊藤秀吉のような男性キリスト教徒も関わっています。

さらには菅原通済のようなフィクサーも政界を動かす役割を果たしています。この菅原通斎は売春審議会の初代会長にもなっていますが、旧来の家父長制価値観のもとで、売防法制定に動いた人物です。芸者遊びをしまくった人ですから。性病が国を滅ぼすという考え方もこの人物の根底にあります。これは戦前の廃娼派の主張でもありましたが、遊廓や赤線が性病を伝播したのかどうかはまたいずれ論じるとしましょう。

IMG_1975大宅壮一のように新吉原女子保健組合の主張に耳を傾け、雑誌で座談会を開いたジャーナリストや彼女らの意見に賛同して論陣を張るメディア関係者も一部にはいましたが、「良識ある」とされるような多くの新聞や雑誌もまた売防法に加担していきます(大宅壮一による座談会は当時「東京新聞」が出していた「週刊東京」に掲載されています。私が所有しているこの号は表紙がボロボロなので、別の号の表紙を出しておきます。これに限らず、いい記事を多数出していた週刊誌です)。

社会全体が売防法に傾いていく中で、やがて売防法が制定され、昭和32年に一部施行され、自殺者を出しつつ、組合が解体していく時期に、常磐とよ子、若林のぶゆきは卑劣な撮影を実行していたのです。彼らをバックアップしていたのは婦人議員であり、キリスト教原理主義者たちであり、メディアであり、社会全体です。

 

売防法は娼婦たちを犯罪者にした

vivanon_sentence大橋仁の撮影方法が問題になり、「権力者を隠し撮りするのならいいとして〜」といった意見が出てました。あるいは、犯罪者を隠し撮りするのであれば容認する人たちは多いでしょう。これらには公益性があるし、公人は肖像権が制限されるため、限度はあれども、これらの行為は問題にはなりにくい。覚せい剤の取引をやっている現場を隠し撮りして顔がわかる形で公開したところで、問題にはならない。

対象が公人ではなくとも、勇気ある写真家が山口組なり、会津小鉄会なりの本部に潜入して隠し撮りし、あるいは黙ってカメラを向け、暴力団員が怒る様子を撮って公開したところで、おそらく容認され、場合によっては喝采を浴びます。公益性に基づくものではなく、ただの好奇心であっても同様。暴力団に人権なしとこの社会では思われています。

自分が納得できる理由があれば、肖像権なんてものは意識しなくなるわけです。これがおかしいと言うのではなく、そういうもんだと確認した上で、常磐とよ子、若林のぶゆきらの写真家、そして出版社やギャラリーが納得できる理由がありました。売防法です。

 

(売春の禁止)
第3条 何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない。

 

売買春そのものを罰する規定はなく、自ら勧誘等をしない限り、売春をした者は参考人となり、更生の対象になるだけですが、売防法により、売春は禁止され、違法になります。つまり、赤線の女たちは「罰せられない犯罪者」になってしまったわけです。

全面施行されていませんけど、昭和32年の段階でこの3条は施行されていたはずです。また、昭和20年代には売春等取締条例が各地でできていますので、赤線の女たちはグレー領域の存在にすでになっていました(この条例はもっぱら街娼を対象にしていたため、赤線はひっかからない地域もありました。もちろん、条例のない地域は言うまでもなく)。そもそも赤線自体が勅令9号違反を見逃す場所として誕生していますので、最初からグレー領域の商売ですけど、この10年で大きく変化したのは世論です。

 

労働省婦人少年局が果たした役割

vivanon_sentence売春取締法案が最初に国会に出されたのは昭和22年です。以降、幾度も提出されながらも否決され続けます。

山川菊栄が局長であった労働省婦人少年局が法規制に積極的で、昭和24年、法案を実現するために労働省婦人少年局が国立世論調査所に委嘱して行った「風紀に関する世論調査」というものがあります。

この調査の結果、労働省の目論見とはまったく逆の結果がでています。この数字を初めて見た時には私も驚きましたし、パンパンと遊廓に対する評価がまったく違うことの意味もすぐには理解できませんでした。両者の差をはっきりとは見極められていなかったので。

以下が調査のまとめです。

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