松沢呉一のビバノン・ライフ

セックスワークという言葉を使う事情-[娼婦の無許可撮影を考える 10 ]松沢呉一 -2,467文字-

 

 

椎名こゆりさんに送られてきた無礼なメールの数々

 

vivanon_sentence東京都写真美術館に質問メールを出した椎名こゆりさんは大変でしたね。それ自体、面倒な上に、アホな人たちの相手をしなきゃいけなくなって。

椎名さんのブログ「ご報告とわたしの気持ち〔1〕」「ご報告とわたしの気持ち〔2〕」にまとめられているのでご覧いただきたい。

この件は大橋仁が間違っています。それを公開した美術館もその範囲で責任を負います。それに対して質問を送った椎名さんを叩く理由がまったくわからない。彼女は慎重で、最初からこれを法律の問題とはしていません。なおかつ、抗議という形もとっていません。

しかし、彼女を批判している側はその慎重さもまったく読めていない。よくもまあここまで恥ずかしげもなく、「無知な私をわかって」「卑劣な私をわかって」とメールを送ってくるものです。

その一例。斜体のかかった部分がアホのメール。以下は椎名さんの回答。

 

——売春婦をセックスワーカーと言い換えるのはなぜですか。きれいな言葉に言い換えて本質を覆い隠すのは、盗撮を芸術と言い換えるのと同じくらい卑怯なことではありませんか。

セックスワーカー、をまるできれいな言葉のように思われるのは、これまで蔑称として長年使用されてきた「売春婦」という言葉に含まれるような蔑みの念をあなたが感じにくいからではないでしょうか(物足りない場合は、肉便器、などというアイディアもあるようですね)。

セックスワーカーという言葉は性別を語りません。売春婦、娼婦、風俗嬢、これらはどれも「女である」という意味を含んでいますよね。でも、セックスワーカーは女性だけじゃありません。女性も男性もいます、どちらにも属さない方もいます。

では、性風俗産業従事者、とかそういう感じじゃだめですかね?と思われるかもしれません。
ただ、そうですね例えば、お店の受付にいるいわゆる黒服さんボーイさんと呼ばれる方、デリバリーヘルスなら運転や電話受付の業務にあたられる方、それから 成人向けの映像作品を作っている方、など。わたし個人は、性産業従事者という言葉だとこのようなより広い意味を指したイメージが浮かびますので、英語の sex workerをそのままカタカナ書きにした「セックスワーカー」という言葉を用いることが多いです。利用客と実際に相対して性的サービスを行う人間のみに 限定して指したい場合って多いのですが、それにぴったりあてはまる言葉が日本語にはどうも見当たらなくて。

ご報告とわたしの気持ち〔2〕

 

「セックスワーク」「セックスワーカー」という言葉に対しては今なお私自身、いくらかの抵抗があります。しかし、ここにある通りで、性別、世代、職種を横断できる言葉が他にほとんど見当たらないのです。

写真を撮られたタイの女たちは娼婦、売春婦ではあっても、日本のファッションヘルスやストリップで働く女たちは売春はしていません。売春は異性間の性器間挿入が条件ですから、売り専で働く男たちも男の客を相手にしている限りは売春をしていません。

それらをすべてまとめる局面では言葉が必要になり、「セックスワーカー」であればすべてまとめることができます。

 

 

セックスワークという言葉に抵抗がある理由

 

vivanon_sentenceでは、私の抵抗がどこに生じるのかと言うと、蔑称のニュアンスがある「売春婦」「娼婦」という言葉を手放すと、差別者の手に渡るたるためです。肯定的に使セックス・ワーク―性産業に携わる女性たちの声用することでこそ、言葉にこびりついた汚れを落とすことができると私は考えていますので、「売春婦」も「娼婦」も使いますし、「パンパン」も使います。

そのため、編集部から書き換えを命じられることもあるのですが、肯定的に使っているのに、あるいはフラットな言葉として使っているのに、差別語と決め付けるな。こういうことをするから、いよいよ言葉は差別語として機能してしまいます。

と考えてはいるのですが、わずかな人々が言葉を肯定的に使用したところで、なかなかこびりついたものは落ちないのが現実だったりします。それを踏まえると、言い換えるのはやむを得ない。

もうひとつの抵抗は歴史の問題です。

 

 

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