松沢呉一のビバノン・ライフ

後追い自殺をしたイヌ-魔の線路 前編- [ビバノン循環湯 13] (松沢呉一) -4,939文字-

今回循環するのは怪談。怪談と言ってもそう怖くはない。切ないのです。イヌ好きは落涙。この怪談に魅せられ、その場所を探しに行ったお話です。

この話は成長を遂げてます。最初は四国で出ている風俗誌の連載で内容を簡単に紹介。それから今度は現地に行き、場所を特定した話をメルマガに書き、そののちなべやかんと現地を再訪した様子をネットラジオで収録。

今回出すのはそれをまとめ直した総集編。長いので、前後編に分けました。

 

 

 

「モダン生活」の怪談特集

 

vivanon_sentence昭和20年代に出ていた「モダン生活」(モダン生活新社)という雑誌がある。この時代流行したB6版の小型雑誌だ。昭和20年代前半に出ていたB5サイズのカストリ雑誌の多くは潰れ、そのあと出てきたのがこの小型雑誌である。

この雑誌に限らず、この手の雑誌が売りにしていたのはエロ記事だ。内容は雑誌によりけりで、真面目な夫婦生活について医学博士が論じたものを掲載したものもあれば、扇情的なウソ記事ばかりを集めた、粗製濫造としか言いようのないひどいものもある。どちらかと言えば後者の方が多い、中には返本された雑誌の表紙を張り替えたもの、潰れた雑誌の版を買い取って寄せ集めたもある。これらはカストリ雑誌時代からあった手法だ。

020_______「モダン生活」は昭和25年から28年まで出続けていて、この時代の雑誌としては長寿と言っていい。エロ記事がメインでありながらも、まともな部類に属し、エロ以外の読み物も充実しているのが支持されたのだろう。

その昭和27年8月号では怪談特集が組まれている。歌舞伎役者市川猿之助、淡谷のり子らが自分の体験を語っていて、それぞれ面白い。

市川猿之助が語っているのは明治時代の話。猿之助の父親である市川段四郎は、吉原の仲米楼の娘と結婚。つまり猿之助の母である。結婚後も母は仲米楼を切り盛りしていたため、子どもの頃は、猿之助も妓楼に住んでいた。

教育上よくないというので、猿之助は花魁の部屋に行くことを禁じられていたのだが、慕っていた花魁の部屋によく忍び込んではあめ玉をもらっていた。子どもながらに、花魁の存在に惹かれるところもあったのだろう。

ある日のこと、楼内がなにやら騒がしい。何が起きたのかわからないまま、猿之助はいつものように花魁の部屋へ行こうと階段を静かに上がった。襖を開けると線香の匂いがする。中には誰もおらず、白い布をかぶって花魁が寝ている。

脅かそうと思って、「ねえちゃん」と言って布をとったら、花魁の青黒い顔が見えて、猿之助は驚いて逃げ出した。

その花魁には馴染みがいたのだが、病気で急死、その初七日にあとを追ったのである。

その体験があって、花魁の部屋には行かなくなくなった猿之助だが、優しかった花魁のことが思い出され、時折中庭からその部屋を眺めていた。

ある黄昏時、その部屋の窓にその花魁の姿が見えた。「あっ」と声を挙げたら、中庭にいた男衆もそちらを見て、顔色を変えてブルブル震えだした。

その男衆も、淋しそうな顔をした花魁の姿を見たと後年まで語っていたそうだ。

 

 

淡谷のり子が語る話

 

vivanon_sentence続いて淡谷のり子の話。

ある地方巡業で行った芝居小屋での体験。本番前、たまたま楽屋には淡谷のり子しかおらず、鏡台に向かって化粧をしていたところ、急に明かりが暗くなった。

それとともに体が締めつけられ、体の回りをもやが包んだようになった。体を動かそうにも動かず、ようやく叫び声を上げたら、体が解放されて、明かりも元通りに。

その声を聞いて、オーケス淡谷のり子~ブルースの女王~トラのメンバーが入ってきても、しばらくは動悸が収まらない。それでも無事、コンサートを終えることができた。

宿にいたら、近くで飲んでいたオーケストラのメンバーがやってきて、その芝居小屋の因縁を教えてくれた。

その楽団員が飲み屋の人に聞いたところによると、戦時中、旅の一座がその小屋で芝居をやったことがある。この一座は座長夫婦が切り盛りしていたのだが、座長が若い女優とデキてしまい、それを察知した妻が夫と女優を斬りつけて自殺。

ところが、妻だけが亡くなってしまい、以来、若い女がここに来ると、幽霊が現れるのだという。

それを聞いた淡谷のり子は「あら、わたし若いのかしら」と言ったら、皆に「化粧のせいでしょう」と言われたというのがオチ。この頃でも、そんなには若くなかったはず。

怪談でも艶っぽさが彩りになっているのが「モダン生活」らしさか。

これらも面白くはあるのだが、この特集でもっとも印象に残ったのは、三谷祥介の怪談だ。

 

 

元刑事の体験

 

vivanon_sentence三谷祥介はこの時代の雑誌ではよく見かける小説家。警視庁の刑事出身で、ここに綴られたのも刑事時代の実体験である。

大きくふたつの話からなり、ひとつは被害者が夢枕に立って、犯人逮捕にまで至ったという警察官の体験。

もうひとつは、自身が現場検証をした「事件」について書いた「魔の線路」。

 

 

next_vivanon

(残り 3048文字/全文: 5088文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ