松沢呉一のビバノン・ライフ

ネットに流れる「いい話」に気をつけろ!-cadotの創作疑惑 (松沢呉一) -[無料記事] -2,986文字-

法律違反の行為を褒め称えて拡散するサイト

 

vivanon_sentenceFacebookでしばしば流れてくる「ちょっといい話」。

 

電車が雪で止まり、センター試験に間に合わない…そんな受験生を救った「バスの運転手」の機転がカッコいい

入試当日の受験生にとっての天敵、「天気」。
特にセンター試験の日は、全国各所で雪の日が例年多く、交通機関の乱れなどで受験に影響を及ぼす人も少なくありません。

そんな雪のセンター試験の日に生まれた、田舎町ならではの一つの逸話。

朝から雪が積もり、何度も携帯で交通情報を確認する受験生。
電車は動いている様なので、少し早めに家を出て、電車に乗ります。

しかし、センター試験会場の最寄り駅まで着く前に電車が運行休止。
いつ運転再開するかわからず、このままだと受験に遅刻してしまうという状況でした。

cadot

そこで運転手が機転を利かせて、乗客の承諾を得て、バスを受験会場に向かわせたというお話。

こういう記事は私はふだんスルーしているのですが、これに対して知人の川添歩さんが疑問を呈した上でシェアをしてました。

 

これは創作なんじゃないかな。
場所も何も具体的なことがまったく話に出てこない。
画像は、内容に関係のないブログの写真を「引用」と称して使用(しかも引用元を示すリンク間違っている)。

このサイトの記事はこんなのが多い。

 

たしかに怪しい。

怪しいと思える根拠は他にもあるのですが、そもそもこの運転手の行為は法規に反しています。

道路運送法で、運行系統の変更は国土交通大臣に届け出が必要であると定められており、それ以外の路線変更が認められるのは以下。

 

(天災等の場合における他の路線による事業の経営)
第十七条  一般乗合旅客自動車運送事業者は、路線を定めて行う一般乗合旅客自動車運送事業につき天災その他国土交通省令で定めるやむを得ない事由によりその路線において事業用自動車を運行することができなくなつたときは、第十五条第一項の規定にかかわらず、当該路線において事業用自動車の運行を再開することができることとなるまでの間、当該路線に係る輸送需要をできる限り満たすため必要な限度において、当該路線と異なる路線により事業を経営することができる。この場合において合理的に必要となる事業計画及び運行計画の変更については、第十五条第一項、第三項及び第四項、第十五条の二第一項並びに第十五条の三第二項及び第三項の規定は、適用しない。

 

「国土交通省令で定めるやむを得ない事由」は「道路運送法施行規則」で以下のようになっています。

 

(法第十七条の事由)
第十六条  法第十七条のやむを得ない事由は、次のとおりとする。
一  運行している路線に係る道路又は橋りようの損壊等により、当該道路又は橋りようを安全に通行することができなくなつたこと。
二  前号に掲げるもののほか、道路法、道路交通法(昭和三十五年法律第百五号)その他の法令の規定により、運行している路線に係る道路の通行が禁止され、又は制限されたこと。

 

物理的に通行ができないようなケースのみであり、その目的は「当該路線に係る輸送需要をできる限り満たす」ことですから、受験生の都合ごときでコースを変更したら法に反し、この運転手は確実に処分されましょう。

 

定められたコースを外れることがいかに重大な問題か

 

vivanon_sentence「法律が絶対ではなく、法律よりも優先されるものがある」と考える人もいるかもしれないですが、浅はかとしか言いようがない。この先の停留所でも待っている人たちがいたはずで、その人たちは無視です。そこにも受験生がいたかもしれず、病人がいたかもしれないのに。法律を持ちださなくてもやってはいけないことくらい想像できるはず。

ちょうどこの時、こんな記事が出てました。

 

名古屋市交通局:市バス運転手、勝手に運行打ち切り

名古屋市交通局は27日、市バスの男性運転手(36)が26日の最終バスで、終点の手前で勝手に運行を打ち切り、車庫に戻っていたと発表した。早い帰りを不審に感じた上司の問い合わせに、通常通り運行したとうそをついたが、ドライブレコーダーの映像で発覚した。

交通局によると、運転手は同日、市営地下鉄原駅(天白区)−徳重駅(緑区)間の最終バスを運行。しかし午後11時45分ごろ、終点まで約1キロの地点で、残る2カ所の停留所に寄らず、車庫に戻ったという。乗客はいなかった。

運転手は「この区間は乗客が少なく、深夜なので誰も乗ってこないと思った。二度としない」と話しているという。交通局は「虚偽報告もあり、厳しく処分する」としている。【岡大介】

毎日新聞

 

おそらく利用者がいなかったであろうふたつの停留所を飛ばしただけです。

外部からの告発があったのではなく、内部で発覚したことに留意。それでも、そのことを発表しています。定期路線バスにとっては、そのくらいに重大な問題なのです。ひとつ間違ったら認可取り消しにもなりかねないのですから、ここまで重大な問題として名古屋市交通局や毎日新聞が取り上げるのは間違っていません。

 

「いい話」であればウソは許されるのか?

 

vivanon_sentenceたとえばこの話のように、受験生のためにバスの運転手が機転を利かせた話は現実に起きていますが、法には反しておらず、適切な対応をしています。

急病人が出たといった場合でさえも、運転手はタクシーや救急車の手配をするに留めるべきです。あるいは事業所に連絡をして、時間のある運転手が自家用車で送り届けるといった対応をすべきです。

受験生の場合は人の命に関わることではないですから、運転手が無視したからと言って非難されるようなことではありません。大雪になることは前日にわかっていることであり、電車が止まることも想定して、車を確保するなり、近くに宿泊するなりするのが受験生の心構えでありましょう。実際、そうしている受験生も少なくないわけで、それをやらなかった受験生のために法を無視して救済する緊急性があるとは思えません。路線バスはタクシーじゃないんですから。

「いい話」だからウソもありという考え方をする人もいましょうが、これを根拠に無理強いをする人たちが出てきてしまいます。「インターネットにこういう話が出ていた。間に合わないから、受験会場に連れていけ」とゴネる。他の客もそれに同調する。それを拒否したら運転手は罵倒されるわけですよ。

また、田舎では、バスの運転手がこうも簡単に法規を無視するイメージを作り出すこと自体が問題です。もしこれがウソ記事であったなら、笑ってごまかせるようなものではない。

 

FireShot Screen Capture #088 - 'Cadotとは? I cadot(カド)' - cadot_jp_about

Cadotとは?

 

あるいは、cadotの記事にあるように、「その受験生が、地方ラジオに寄稿した事でラジオで紹介された」というのが事実だとしたら、ラジオが捏造した可能性があります。ほとんどありえないと思いますが、もしすべて本当だとしても、やってはいけない行為をそのまま放送するのはいかがなものか。それをまた「カッコいい」などとして記事にするのはいかがなものか。

ともあれ、これを書いたライターとcadotは、これを放送したのがどこの局のなんという番組か明らかにすべきです。すでに公開された話なのですから、情報源を秘匿しなければならないようなケースではありません。すぐさま出せるはずです。

ふだんネトウヨに「リテラシーがない」と言っている人たちも、こういう怪しい話に「いいね!」をしたり、シェアしたりしています。そういう人たちはネトウヨという前提があるから情報を疑えているだけで、それが外れた途端にネトウヨと同レベルのリテラシーしかなくなることを自覚しましょう。

 

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