松沢呉一のビバノン・ライフ

戦争とともに消えた「桃色」-桃色探訪 第二部-戦前編 3- [ビバノン循環湯 45] (松沢呉一) -4,847文字-

「桃色探訪」第二部「戦前編 2」の続きです。戦前編はこれで終了。戦後編はそのうち出します。

 

 

 

「週刊よみもの」の桃色

 

vivanon_sentence週刊よみもの」は週刊誌スタイルによる実話系雑誌の元祖かもしれない。実話雑誌自体はこの頃に月刊誌として数種類出ていたが、B5サイズの実話雑誌はこの「週刊よみもの」だけかと思う。

「戦前」と一言で言ってしまうと、「暗い不自由な時代」と一律にイメージする人も多いのだろうが、1920年と1930年と1940年では全然違う。

では、1935年(昭和10)頃はどんな時代かというと、社会主義者たちの多くはすでに弾圧され、昭和初期に花開いたエログロナンセンスの時代に出た数々の「軟派雑誌」もすべて消えている。この頃は、ストレートなエロがすでに出せなくなっていながらも、犯罪雑誌、健康雑誌、実話雑誌という体裁の中で、エロ記事を掲載していた。

週刊よみもの」は、昭和8年から昭和13年まで出ていたよう(週刊だったのは最初だけで、途中から月に三回、さらには月に二回になる)。エロがらみの事件やスキャンダル記事を得意としていて、私はこの雑誌が好きで、これまでに五十冊ほど入手(全部で140号くらい出ている模様)。生きているうちに揃えるのは無理だろう。

「時期から考えて、この雑誌にもエロの「桃色」があるはず」と見当をつけて、片っ端から調べてみたところ、中を読むまでもなく、昭和11年2月20日発行第120号にの表紙に「現代女桃色二態」の文字があった。

IMG_6579「二態」というのは「某華族令夫人エロ脱線記」「日本銀行員の十二社事件」の二つの記事のこと。

前者の本文ページには、「一夜のつとめで千円もらった運転手 某華族令夫人の火遊び」というタイトルがあって、「有閑! 不良! いまだにこんな実例がある」というコピーがつけられている。この記事は当事者である円タクの運転手に取材したもの。

28歳のこのタクシー運転手は、銀座の服部時計店から出てきた40歳前後の魅惑的な女性を乗せる。その女性は「芝まで」と告げるが、途中で目的地を築地に変更。着いたのは待合である。待合というのは、密談、商談に使用される茶屋、料亭、旅館の類で、しばしば男の女の密会に使用され、もっぱらそちらを目的とする待合もあった。連れ込みである。

ここで運転手は食事を誘われ、酒を飲んで食事をしたところで、今度は風呂を勧められ、言われるままに風呂に入っていたところ、あとから女が入ってくる。戦前、とくに昭和10年ともなると、これ以上の描写はないが、もちろんやることをやったわけだ。

この日以来、運転手は彼女のことが忘れられず、彼女の姿を探して銀座を流す毎日だったが、ある日、すれ違った車の中に彼女がいることを発見する。後をつけていくと、車は山の手の屋敷町に進み、一軒の邸宅の中に消える。表札を確認し、そこから出てきた運転手に聞いたら、彼女は華族の夫人だと言うではないか。

華族で、しかも夫のいる身とあっては、とても自分には釣り合わないと悟った運転手だが、あの日のことが忘れられずに、勇気を出して電話をしてみた。最初はとぼけていた彼女だが、「じゃあ、例のあの家に」と指定されて、待合で再会。

この日もやることをやったが、別れ際に「家には電話しないように」と彼女は百円札を十枚握らせた。この時代の千円と言えば、現在の百万円以上に相当する価値がある。「一夜のつとめ」というより、手切れ金であり、口止め料である。にもかかわらず、ペラペラと雑誌にしゃべってしまうこの運転手は困ったものだ。具体的な名前などは伏せてあるが、わかる人にはわかってしまったのではないか(それ以前にこの記事が本当なのかどうかの疑問もあって、この雑誌はウソ記事が多い)。

この雑誌に限らず、当時の実話誌ではしばしば華族のご乱行ぶりを取り上げていて、華族は格好のネタだった。いわば暴露雑誌でもあるのだが、二・二六事件の特集が組まれていたりもして、「この非常時に、そんなタダレたことをしていていいのか」という批判が込められていたため、当局としては、下からの引き締め効果を期待するところもあって、エロがらみの記事であっても大目に見たのだろう。その位置づけが昭和初期のエログロ雑誌とは違うところ。

「有閑! 不良! いまだにこんな実例がある」は、「十年前ならともかくも」という意味が含まれていそうで、昭和初期であれば許されたことが、わずか十年で許されなくなってきていたことを伺わせる。国や社会が変質するにはたったの十年あればいい。

 

 

良家の子女の桃色競争

 

vivanon_sentenceもうひとつの「日本銀行員の十二社事件」は事件もので、記述が具体的なので、こちらはおそらく実際にあった事件なのだろう。

ここでの力点は、この事件から見えてきた若い世代の無軌道な行動であり、「某華族令夫人エロ脱線記」とあまり変わらない、この時代としてはギリギリのエロ記事である。

 

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