松沢呉一のビバノン・ライフ

ふたつの「桃色」が共存した頃-桃色探訪 第二部-戦前編 2- [ビバノン循環湯 44] (松沢呉一) -4,784文字-

「ピンクがエロになったワケ-桃色探訪 第二部-戦前編 1」の続きです。

 

 

 

「古今桃色草紙」の桃色

 

vivanon_sentence大正から昭和初期にかけて、「軟派雑誌」と呼ばれる一群のエロがかった雑誌が花開いた。「変態資料」「グロテスク」「カーマシャストラ」「デカメロン」「奇書」「絵入百物語」などなど。そのひとつに、「古今桃色草紙」(南柯書院/昭和3年創刊)があった。

IMG_6232エロ系の雑誌タイトルに「桃色」がついてるのだから、ここでの桃色はエロの意味のようだが、このタイトルは微妙である。これが近代的な「エロの桃色」の始まりとしてもいいのだが、最初からそうなったのではなくて、そこには屈折がある。

軟派雑誌は当初から発禁が連続し、昭和3年には軟派雑誌弾圧がいっそう激しさを増していた時期。表現規制はまずエロから。

その中で花房四郎編集の「古今桃色草紙」は比較的穏当な内容の雑誌であり、先行していた梅原北明編集の雑誌群のようなあざとさは感じられず、ここでは「エロではない」という主張で桃色を使っているようにも思える。むしろ、処女の意味に近いのではないか。「エロではありませんよ」と。あるいは「エロだとしても、露骨ではありませんよ」と。同時代の「桃色」の用法を見ても、これが今のような疑いのないエロの意味で使用されたとは思いにくいのである。

 

 

『猟奇風俗百貨店』の桃色

 

vivanon_sentenceエロの輪郭がよりはっきりとしてくるのはこの数年あとのことになる。

長河龍夫著『猟奇風俗百貨店』(赤爐閣書房/昭和5年)というエIMG_8298ロ随筆集に「桃色のエピソード」と題された一文がある。著者の家の近くに、豊満な肉体を持った36歳の婦人が住んでいる。著者の子どもと同年代の子どもがいるために時々その家に行くのだが、彼女はすぐにエロ話を始める。

ある夜、物音がするため、庭を覗いてみたら、男女が入り込んで、青姦をしていた話など、たわいもないエロ話である(それでも伏せ字がある)。ここでの「桃色」は、 ダンナが遠洋航海船の船長のために欲求を持て余したその婦人のことをも意味しているよう。

「桃色のエピソード」は、エロではあっても、軽いエロ、軽い お色といったニュアンスかと思う。ここでは「若い女性」という意味が外れて、それ自体で独立してエロを軽く匂わせている。「古今桃色草紙」に通じる用法だが、よりエロのフレームがくっきりした印象だ。

 

 

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