松沢呉一のビバノン・ライフ

「バトン」に込めた思い-金相佑君送別会のお知らせ(松沢呉一) -4,537文字-

6月7日、高円寺で「金相佑君送別会」を開催

 

vivanon_sentenceこういうのをやります

 

スクリーンショット(2015-05-22 9.00.09)

 

真ん中でカメラを構えているのが金君。

金君は歳の若い友だちみたいなものでありまして、ここ2年以上、彼の悩みや夢をさんざん聞かされてきました。たいていくだらないんですけど、面白いヤツなんですよ。

金君は、この春、早稲田大学を卒業し、今秋からコロンビア大学の大学院に進みます。ニューヨークでの生活を始める前に、韓国にいったん戻ります。帰国する前日に送別会をやります。7時間ぶっ続け。彼の映画「バトン」の上映が3回あるので、約3時間は映画ですけど。

 

外国人同性愛者ネットワーク構想

 

vivanon_sentence初めて彼に会ったのは2013年3月のことです。当時彼は早大の3年生になる直前でした。

新宿二丁目(正確には三丁目)のゲイバー「タックスノット」で会い、会って5秒くらいで、「君は今日から会長な」と命じました。

当時私は在日外国人の同性愛者ネットワークを作れないものかと構想してました。外国人かつ同性愛者という条件が揃うと、孤立している可能性が高い。とくに母国で同性愛が禁じられたり、蔑視されていると、同国人にも明かせない。だったら、国を越えてつながればいいのではないか。

学生だけでも東京には万単位の外国人が来ています。ということは同性愛者が千に達するはず。そのうちの数十でもいいので横につながれないものか。

IMG_7480大きな大学にはLGBTのサークルがありますが、学校という日常の場ではカミングアウトできない層がいます。それをまとめるには自身外国人の方がいいし、自身同性愛者の方がいい。

誰かいい人材がいないかと思っていた時に、タックスノットの火曜日のママをやっているハスラー・アキラこと張君が紹介してくれたのが金君でした。

金君は韓国語、日本語、英語、中国語が話せますので、会長には最適です。

このアイデアに金君も大いに共感。彼自身、二丁目に足を踏み入れるには長い長い時間がかかってます。二丁目まで行きながら、店に入る勇気がなくて何度も一人でトボトボと早稲田まで帰っています。

日本人でもそういう経験をしている人たちは多いわけですが、これが外国人だと不安はもっと大きい。「外国人だからと店が受け入れてくれなかったらどうしよう」と考えてしまいます。二丁目には観光客も留学生も仕事で日本に滞在している人も、外国人はいっぱいいますから、そんな心配は不要なのですが、店によりけりではあって、どの店がどうなのか、わかるはずもない。

日本人にとっては二丁目離れが進んでいるわけですが、こういう役割を考えると、二丁目はまだまだ存在していてもらわなければならない。

 

「二丁目留学生の会」発足

 

vivanon_sentenceとりあえず世代や環境が近い学生を対象にして、将来的にはそこから広げていこうということになり、金君は「二丁目留学生の会」略称「二留会」を立ち上げます。これは金君の命名。

 

スクリーンショット(2015-05-22 13.00.33)

 

毎週金曜日を会合にして、「二丁目の公民館」であるaktaに行けば誰かいる状態を作る。会合のあとは皆で店に行き、自信がついたら、それぞれで店に行くなり、恋をするなり、セックスするなりすればよく、そのプラットフォームになれればいい。

ホントは金君と私の中では、そのグループでさまざまな活動をしていきたいとの目標があったのですが、それを前面に出す必要はなくて、とにかく第一歩を軽くすることが会の目標です。

というところまで決めて、あとは金君にお任せ。最初だけは私も顔を出しましたが、ノンケのおっちゃんがいても邪魔でしょう。

しかし、情報を伝えるのが難しいんですよ。堂々とゲイとして学生をやっている層は、そんな場所は不要です。それ以外にどうやって情報を伝えるか。

金君はネットにページを作り、カードを作って配布したりもしたのですが、結局来たのは1人だったか2人だったか。会のコンセプトとしても、ここに人を留める必要がないので、維持も難しい。

金君は毎週金曜日にaktaに行き続け、「今日も人が来ませんでした」という報告を聞くたび、「思いつきを押し付けて金君には悪いことをしてしまったな」と思ってました。そうこうするうち、ドキュメンタリー映画の制作に本腰を入れ始め、二留会の活動は休止。

 

二留会から映画「バトン」へ

 

vivanon_sentenceそれから2年経った先ごろ、金君のドキュメンタリー映画「バトン」が完成します。

彼が機材を買って、最初に撮った動画を観て、私は「こいつは才能ないな」と思いました。以来、私は彼の映画にはまったく関心がないままここに至ります。

5月4日の深夜、金君がFacebookで映画が完成したと書いていたので、「じゃ、上映会やろうぜ」と書き込みます。すぐに場所を借りられるはずもなく、5月5日、「タックスノット」の営業前に上映することに。出来をざっと確認し、さらに手直しする箇所を指摘するためなので、どこでもいいでしょう。

このIMG_7465呼びかけに応じた人はゼロ。そりゃ、学生の撮った素人映画だからさ。しかも、アホなことばかり言っている金君だし。いきなりその日の夜に万難を排して観たがる人はいないわな。

上映会は金君と張君と私の三人の観客だけで行われました。観る直前まで酷評する気満々だったのですが、さまざまな思いが交錯して、私は言葉を失いました。

金君ごめん、まさかこんな作品を作るとは想像だにしていなかった。

このあと営業が始まって、来店した人たちに無理矢理見せたのですが、評判は上々です(上の写真はその時の様子)。

 

交錯する線と思い

 

vivanon_sentence一週間ほど前のこと、金君が引っ越し準備中の部屋の写真をFacebookにアップしているのを見て寂しくなってしまいます。金君はいなくなってしまうのか。もうくだらない彼の経験談と夢を聞けないのか。

その部屋で送別会をしようとコメントしたのですが、大きな音を出せないというので、だったらいっそ映画の上映環境のいい場所で上映会を兼ねた送別会をやっちゃるかということになり、今回の送別会と相成りました。二留会を押し付けたことの罪滅ぼしみたいなもんです。

この映画は表層的にはレイシストたちと闘うカウンターの映画です。しかし、よくよく見ると、それだけではないことがわかるはずです。

これは二留会会長からのメッセージでもあります。韓国でゲイであることによって悔しい思いをしたことや、二丁目の店に入ろうとしながら入れず、トボトボと明治通りを歩いて帰ったことの思いがここにはあります。

カウンターの人たちも、「自分たちの映画」ととらえるのではなくて、自分たちと違うカウンターがここにあることを読み取って欲しいと思います。

学生映画だし、1時間も満たない映画ですから、映画を観るには値段が高いですけど、金君と面識がない人でも歓迎です。とくに若い世代に観て欲しい。もし来そうだったら、小中高生には割引も考えます。

急な話なので、他に空きがなかったというIMG_9239こともあるんですけど、以前、金君は韓国映画を観るために、客としてパンディットに行ってます。パンディットは「素人の乱」の姉妹店みたいなもので、金君は韓国にいる時から松本哉の存在には注目していて、紹介したこともあるので、パンディットにはちょっとは縁があります。

上階には素人の乱の「マヌケゲストハウス」がありますので、そのまま泊まることもできます。和室もあり。遠いところから来る方はご利用ください。

以下は皆が知っておく必要のない著作権の話です。

 

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