松沢呉一のビバノン・ライフ

飛田新地の張見世-「吉原炎上」間違い探し 7[ビバノン循環湯 81] (松沢呉一) -3,372文字-

遣り手の役割-「吉原炎上」間違い探し 6」の続きです。

 

 

 

部屋頭の役割

 

vivanon_sentence熊本二本木遊廓の貸座敷(明治以降の妓楼の正式名称)「鶯亭」の経営者である中村長次郎が書いた『廓読本』(東京興信新報社・昭和11年)という本がある。松竹梅の三分冊になった和綴じ本である。

定価はセット価格で一円。今で言えば二千円から三千円程度であり、この装丁であればむしろ安価とも言えて、一般の人でも興味のある人は買ったろうが、内容は同業者向けである。楼主が読んだあとは、帳場に置いておき、番頭や遣り手が読んだり、娼妓にも「暇な時に読んでおけ」と渡すことを前提に書かれている。DSCN5864

法律上の知識、娼妓の親との契約の際の注意点といった貸座敷経営の根幹になるさまざまから、性病予防、回虫の駆除法、各施設ごとの掃除といった日常の仕事についての心得、それとは別に対応しなければならない年中行事の説明、さらには娼妓同士の金銭の貸し借りなどのトラブルについてまで微に入り細に入り論じられている。

全体としては「そんなことまで説明しなくても」という内容であり、当時の客が読んでもそう面白い内容ではなかったろうが、遊廓を論じる人たちが改めて触れない部分にまで踏み込んでいる分、今の時代に読むと発見がさまざまある。

たとえば「部屋頭」。これは「吉原炎上」の原作にも出てこなかったはずで、どこの遊廓のどこの妓楼にもあったのかどうかわからないのだが、わかりやすく言えば、各貸座敷で決められた娼妓組の級長である。

部屋頭は古い順番からなることもあるが、「同僚の互選」により決定するのが一般的とある。これまた級長と同じ。客にとって人気があるかないかはどうでもよく、「品行方正」「徳義を重んじる」「法規を守る」「同僚間の親睦を旨とする」「稼業に忠実」といった観点から娼妓たちの信望のあるのがなる。

性病検査のある日は点呼をとり、心構えを話し、検査場まで引率する。楼主からの伝達事項があれば、一人一人に伝え、また納得させる。楼主から直接言うより、信頼される同僚から言われた方がいいこともあるってものだ。

相談係、世話係でもあって、もって楼内の親睦、融和を図る。いざ客との、あるいは娼妓同士のトラブルが発生した場合は間に入って解決に当たることになるが、そういうことが起きないように事前に対策を講じる、また、いざ起きても、大事になる前に和解させるのが部屋頭の役割ということになろう。

といったように、諍いが生じそうになったら、まず部屋頭が介入し、それでも治まらなければ遣り手が介入をするわけだ。

なお、この部屋頭とは別に掃除等を担当する当番という役割があり、これは日替わりで全員がやる。これまた教室と同じである。

※この写真は帙。この中に三分冊が入っている。

 

 

飛田新地の場合

 

vivanon_sentence遊廓時代の雰囲気を色濃く残す大阪の飛田新地では、人数も少なくなっているため、部屋頭こそいないが、今も同じく「いかに働く女たちの和を乱さないか」の教えが生きている。

昔と同じくメイン通りでは女の子自身が声はかけず、「おばちゃん」と呼ばれる女性が客に声をかけるのが作法だが、メイン通りから外れると、女の子がおばちゃんとともに直接声をかけてくることがある。それでも体に直接触れるようなことはない。

かつての立ち番の役割であり、これが表に見えるおばちゃんの役割だが、おばちゃんは客に見えないところの仕事も担当する。昔の遣り手の仕事である。おそらく働く女たちの数が減り、その分手の空いた遣り手が立ち番までをやるようになったのかと思うが、その経緯は確認していない。

 

 

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