松沢呉一のビバノン・ライフ

街娼に襲われそうになった夜-「闇の女たち」解説編 27(松沢呉一)-6,076文字-

闇の女たち』に書いているように、本書に収録しなかったインタビューがあります。時間が経ちすぎて、文字起こししたものが行方不明になったのが数本ありました。この文庫の話がなければ、そのまますべて同じ運命を辿ったのですから、失われたものが惜しいというより、失われなかったものが多数あったことを喜んでいる次第。

また、内容の問題でボツにしたものもあります。今回はそんな1本を公開しておきます。

読めばわかりますが、このインタビューは内容が薄いのです。あくまで「他に比較して」のことであり、展開としては面白くもあるのですけど、広島の街娼をインタビューしたものは他にもあったため、こちらはカットしました。

これも2000年頃のインタビューで、確かこの原稿は雑誌「問題小説」に出したものだったと思います。

ラブホの写真はすべて東京で撮ったものであり、本文とは関係がありません。

 

 

川沿いに建つラブホテル街

 

vivanon_sentence広島市の弥生町は、元遊廓であり、元赤線である。今も客引きが立つ。数年前に、タクシー運転手による連続殺人があって、殺されたロマンス洋子というのがこの周辺で商売していた街娼だったのだが、現在はほとんど見ることができなくなっている。

「街娼はホテル街にいるよ」と地元の風俗関係者に教えられた。

街娼は川沿いにあるホテル街がショバになっているらしい。

地域にもよるのだが、街娼の商売は深夜が稼ぎどきになりやすい。店舗が閉まったあとにあぶれた客や酔って帰れなくなった客を拾うわけだ。

しかし、このホテル街では、十二時を過ぎると誰もいなくなってしまうと聞いて、夜の十時頃に出駆けてみた。

大通りからちょっと入ったところにラブホが並ぶ。ラブホ利用者も多くは車を利用しているようで、大通りにも、中の通りにも、ほとんど人が通らない寂しい一角である。

ホテル街の入口に一人女が立っている。その目つきから客を物色していることはわかったが、背が高く、肩幅があるので、男娼のようにも見える。ここには男娼が立つという話も聞いていて、あれがそうだろうか。

男娼でもかまわないのだが、ひと通り見て来ようと、そこを素通りして、川べりの遊歩道を歩く。

ホテル街の端っこにある小さな公園にバイクをとめて佇む男が一人いる。

さらに歩き続けたら、若い女が歩いているところを見つけた。二十代半ばか。こんな夜遅く、ホテル街を一人で歩いているのは妙である。ホテトル嬢だろうか。

また、広い国道をはさんだ反対側に、白い服を着た女がマンションの入口に立っているのが見えた。客待ちをしているようにも見えるが、だとしたら、ホテル街にもっと近いところに立つのではなかろうか。

ホテル街の入口近くにあるコンビニで、ギャルっぽい若い子が何か買い物をして、ホテル街に入っていくのが見えた。これもホテトル嬢か、あるいは仕事ではなく、彼氏と落ち合うのだろうか。

これが見かけた人影のすぺてである。

 

 

それより遊びましょうよ

 

vivanon_sentenceホテル街を一周してきたら、入口にいたおねえさんはまだ同じ場所にいた。街娼に間違いないだろう。声をかけた。

「あんた、さっきも通ったわね」

声からすると、女である。顔つきも女なのだが、背が高く、がっしりとした体格のため、暗い場所では男にも見えてしまう。

私は「金を払うから、話聞かせて欲しい」と用件を切り出した。上から下まで見回して、警察ではなさそうだと判断してか、彼女は承諾してくれた。

ホテルに入り、私はソファに腰掛け、レコーダーをテーブルの上に置いた。彼女はベッドに腰掛け、まだ彼女は疑い深そうな視線をこちらに向ける。

謝礼を先に渡したら、急に馴れ馴れしい言葉遣いになった。

「ねえねえ、話なんかより、遊んでいきなさいよ」

「いやいや、今日はそういうつもりじゃないから。話を聞かないと、仕事にならないんだよ」

「あら、そうなの」

私はテープを回す。

「ここにはいつから?」

「三年くらい前」

インタビューが始まってすぐに彼女は私の横にやってきて、手を握ってくる。

「話はあとにして、遊びましょうよ」

「いやいや、さっき薬研堀のソープで一発やってきたから、もう無理だよ」

これは本当の話。取材の一環である。

「やっぱりあんたも若い子がいいの」

「まあねえ」

そう答えたら、おねえさんは気分を害したようである。礼儀としては、「おねえさんだって、まだまだ若いじゃないですか」とでも言うべきだったのだろうが、そんなことを言ったら、彼女を勢いづかせるだけだ。

「あんたは若いんだから、まだ大丈夫よ」

彼女は立ち上がり、風呂を入れに行った。

「ちょっとちょっと、話を聞いてからだよ」

風呂から戻ってきて、「いいからいいから」と私の股間に手を伸ばす。そんなことしても、ダメなもんはダメである。男は股間をいじればすぐにその気になると思っているんだろうが、そうは私の股間は甘くない。

「だって、テープまで録られて、それを警察にもっていかれたらどうするのよ」

「そんなことしないよ」

「わかんないじゃないの」

と彼女はテープをスイッチを切ってしまう。さすがに私は腹を立てて、「約束通り金を払ったんだから、ちゃんと話してよ」と声を荒らげた。

 

 

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