結婚しない生活のために-広島マントル嬢インタビュー 1-[ビバノン循環湯 120] (松沢呉一) -4,337文字-
今回は「街娼に襲われそうになった夜」の続きのようなインタビューです。あちらに「2000年頃のインタビュー」とありますが、もう少し早そう。1998年か1999年ではなかろうか。
「セックスワークの完全非犯罪化は可能か?」に描いたように、ヨーロッパでは、よく見られる「部屋貸し」が、日本では外国人ワーカーが働く場所くらいしか見られない。しかし、その例外が広島です。そのことを詳しく説明してもらったはずだと思って、これを読み直したら、非常に面白い内容でした。「マントル」の説明だけじゃなくて、彼女の考え方も、続けざまに起きる殺人事件の話も、他ではなかなか聞けない内容だったため、これも「ビバノンライフ」で公開しておくことにしました。
今回も写真はすべて都内で撮ったもので、本文には関係ありません。
広島市弥生町
広島市弥生町は戦前遊廓のあった場所で、戦後は赤線。そして、現在は「マントル」がある。この地のマントルは、東京などでかつて「マンショントルコ」と呼んでいた業態とはまた違い、この地域独自のものと言っていい。
客引きが街のあちこちに立つのは全国各地で見られる風景だ。弥生町の客引きの多くはおばちゃんである。これも珍しくないが、中身が独自なのだ(これについてはインタビューの中で詳しく説明してもらっている)。
ヤクザ映画のイメージが強いために誤解されがちだが、広島の人たちは滅法親切だ。客引きもその例外ではなく、気さくにおしゃべりに応じてくれる。
こういう業種の人達は、取材を警戒するため、通常は何度も通って顔馴染みになってから取材を申し込む。「あんただったらしょうがないね」ということになるところまで時間をかけるわけだ。
しかし、広島は取材に来る人が少ないこともあってか、警戒心がまるでない(そうとは言い切れないことがインタビューの中で語られているが、私にとってはそういう印象だ)。
立ち話をしたあと、客引きのおばちゃんに、「誰かインタビューに出てくれるのはいないかな」と聞いたら、すぐにどこかに電話をして、アパートの一室に案内してくれた。
「ここでちょっと待っていて」
そう言っておばちゃんはドアを閉めた。
部屋には、ベッドと椅子が置かれ、それ以外に調度品らしきものがない。人が住んでいる気配がないことを除けば、何の変哲もないアパートの何の変哲もない一室である。
広島で言う「マントル」は、このようなアパートを使って行われている。実はこのあたりにあるアパートはたいていが「マントル」に利用されているのだ。
看護学校からデートクラブへ
間もなくおばちゃんが戻ってきて、一緒にいた女だけが中に入ってきた。
料金を受取ると、「あとはよろしく」とおばちゃんはまたあっさりとドアの向こうに消えた。
私は「年配の人がいい」とおばちゃんに頼んでいたのに、若いではないか。キャリアが長い方が話は面白い。しかし、この彼女も十分にキャリアは長かった。
椅子に腰掛けると、彼女はにこやかに話しだした。
「ウッフッフッ、私は長いよ。最初は十九歳だから」
彼女は現在三四歳。見た目も歳相応に見える。名前は「このみ」ということにしておく。彼女もまた警戒がまったくなく、こちらの質問にすらすらと答えてくれる。
—最初からここ?
「最初はデートクラブ。似たようなもんじゃけど」
ここで言うデートクラブは東京で言うホテトルのこと。
—そもそもなんでデートクラブに。
「それまでは看護学校に行ってた。病院で助手として働きながら学校に行っていたんだけど、半年しかもたなかった」
—学校だけでも大変なのに、働きながらだともっと大変そう。
「時間的に大変とか、体力的に大変ということもあるんだけど、その病院がよくなかったんだよね」
詳しいことを教えてくれたのだが、その病院の特殊事情があったようだ。真偽を確認しようがないので、ここは省略。
「“もうけっこう”ってなって、半年で病院も学校も辞めた」
—でも、看護婦になりたかったんでしょ。
「そうでもない。他にやりたいこともなくて、“なってもいいかな”って程度。学校を出て、なんかしなきゃいけない。じゃあ、働きながら看護学校に行くかと思った。それは地元だったんじゃけど、学校を辞めて、広島に出てきて人の紹介でデートクラブで働いて」
他県からの通い
—広島は地元じゃないんだ。
「今も違うよ。地元じゃこういう仕事はようせんわ」
彼女は現在も他県から通っているのだ。
—遠いな、また。
「一時間じゃけ、そんなに大変じゃない。平日は仕事をしとるから、金曜日の夜に広島に出てきて、月曜日の始発で帰って、そのまま仕事に行って」
この辺の地理感覚がわからないため、他県というだけで驚いてしまったのだが、関東で言えば、茅ヶ崎あたりから渋谷に通うようなものと思ってよさそう。
—いつ寝るの?
「移動の間だけ。その日、客がいなかったら、合間に寝ることもあるけど、月曜日はいつも寝不足だよね。十九歳から二六歳までは広島に住んで、それからはずっと今の生活だから、もう慣れた」
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