戦争に見出す理想-今こそ個人主義の確立を 3- (松沢呉一) -3,576文字-
「憲法改正を先取りする自民党とリベラル/今こそ個人主義の確立を 2」の続きです。
婦人運動家たちはただの戦争被害者ではなかった
「戦争に全面協力した矯風会」に書いたように、鈴木裕子著『フェミニズムと戦争』は、非常に後味の悪い本です。食べ終わったあとも、口の中が苦くざらつく。そういう後味。それだけ意義のある本ということでもあって、もっと早く読んで、もっと早くイヤな気分になっておくべきでした。
今なお口の中がざらついています。参院選を経て、ざらつきはかえって強まっているかもしれない。そのざらつきの正体を説明しておきます。
この本は「婦人運動家たちは、戦争に反対できなかったのではなくて、積極的、主体的に戦争に加担したのだ」ということをこれでもかと見せてきます。もちろん、婦人運動家たちのすべてではないのですが、特殊な例として無視できるようなものでもありません。
それ自体に愕然としつつ、そうなってしまった理由が一定理解できてしまうことがまた苦々しい。
婦選運動、女の権利といった今となっては当たり前の主張をしていた人たちが、なぜ「女性ファシスト」(著者の言葉)にああもあっさり転じていったのかがリアルに描かれ、次の戦争でも男たち、女たちは同じように駆り立てられ、同調していくであろうことが想像でき、すでにそれは始まっているのかもしれないとも思えます。
市川房枝の場合
『フェミニズムと戦争』によると、『市川房枝自伝』で、市川房枝は自身が戦争に加担したことを相当まで記述しているようです。私もずいぶん前にこの自伝は読んでいますが、『フェミニズムと戦争』のようなまとめを通さないと、その意味を正確には受け取れていなかったと反省しました。
市川房枝は、戦後公職追放処分を受けたことについてこう語っています(『フェミニズムと戦争』からの孫引き。以下同)。
敗戦後私は戦争協力者として三年七ヶ月間追放になりましたが、ある程度戦争に協力したことは事実ですからね。その責任は感じています。しかしそれを不名誉とは思いません。例えば私の友だちなんかでも戦争になったら、山に入っちゃって、山でヤミでごちそう食べていた人がいるんですよ。戦争が終わったら帰ってきて、私は戦争に協力しなかったっていう人がいるけど、私はあの時代のああいう状況の下において国民の一人である以上、当然とはいわないまでも恥とは思わないというんですが、間違っているでしょうかね。
「戦争評論」編集部編『近代日本女性史への証言』(ドメス出版・1979)より
あんまり反省していない。市川房枝は「いざ戦争になったら戦争に協力するのが国民の責務」だと考えていたようです。
山に逃げたのは平塚らいてうのことでありましょうか。山だったかどうかは知らないですが、戦中は千葉に引っ込んだままだったかと思います。
山に逃げたところで、社会に何も影響を与えないわけですが、社会を戦争に駆り立てる役割を果たした市川房枝は悪い方向で社会に影響を与えたのですから、戦争協力しなかった方がまだましでしょうに。
市川房枝は満州事変までは戦争に反対していたのに、支那事変から二ヶ月して、「ここ迄来てしまった以上、最早行くところ迄行くより外あるまい」として、「婦人の立場より国家社会に貢献」という選択をします(これも市川房枝自身の言葉)。そして、矯風会とともに日本婦人団体連盟を結成するわけです。
こうして婦人運動家たちは雪崩を打って戦争協力に駆り立てられ、かつ駆り立てることになっていきます。
平等をもたらす戦争
市川房枝の方向転換は、「こうなってしまった以上仕方がない」という半ば諦めであるとも言えますが、より積極的に戦時体制を受け入れた人々がいます。
平塚らいてう、市川房枝とともに新婦人協会に参画した奥むめおは、すでに述べたように、大政翼賛に大いに協力した人物であり、市川房枝とともにやはり戦後公職追放されています。
国に働かない婦人がゐる限り、現に働いてゐる者は加重な負担に喘ぐ外ないことを考へる必要がある。全ての婦人が働くことに依って、働いてゐるものの労働時間を二時間短縮し、一ヶ月の内休日をさらにもう二日多くもつことが出来るやうになったら、どんなに有難いことであらう。(略)戦争により避けられぬ負担と犠牲は万人に等しく、公平に分けられねばならぬのに、自由主義時代の怠惰と安逸が愛国心なき者の上に許されてゐるのは、今日の日本のありやうとも思はれぬ。
西牟田重雄編『結婚と結婚』(一九四二年)収録「働く生活と結婚」より
奥むめおは戦争のもとで誰もが等しく負担と犠牲を分担することによって公平な社会が実現するのだと考え、そのためにはほんの十年ほど前まで国民が享受していたはずの自由なんてものは捨て去れと言っています。
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