歴史を伝えたいなら資料を漁るはず-『親なるもの 断崖』はポルノである 9-(松沢呉一) -2,306文字-
「あらゆる点がいい加減-『親なるもの 断崖』はポルノである 8」の続きです。
遊廓についての参考文献は実質六冊のみ。しかも…
もし歴史の真実を伝えたいと考えたなら、歴史を踏まえるでしょう。しかし、『親なるもの 断崖』は歴史をまったく踏まえておりません。曽根さんは、遊廓という舞台を利用して、児童陵辱ポルノを描きたかっただけ、次々と人が死ぬ残酷エロ漫画を描きたかっただけなのです。
そのことは、ここまで見てきたことでも充分に理解できましょうが、さらにそのことを確定させたいと思います。
ここに出したのは『親なるもの 断崖』に掲載された参考文献リストです。
私が読んだ『親なるもの 断崖』上巻では、正しく引用した箇所はひとつもなかったですから、これらは「引用文献」ではなく、「参考文献」です。
もし歴史を伝えたいと考えたのであれば、こんなもので済ませられるはずがありません。
フィクションの場合、参考資料の記載は必須ではないでしょうけど、わざわざこれを掲載したのは、「この話は現実に基いていますよ。それを調べて書いたのですよ」というメッセージかとも思われます。
事実、参考文献が掲載されていることから信用してしまったという人がいるのですが、これを見て信用してしまったこと自体、あまりに情けない。これらでは、遊廓のことはほんの少ししかわからない。これらの本を読んだことがなくても、検索すればどの程度の資料かわかるはずです。そのくらい調べましょうよ。
このうち、遊廓についての資料は前半だけでしょう。後半の六冊の中でも簡単に触れられているかもしれないですが、遊廓について正確に知ることができるようなものではないかと思います。
『親たるもの 断崖』は雑誌「ボニータ・イブ」の1988年3月号から翌6月号まで連載されたものだそうです。一年以上連載していたのですから、その間に読んだものもこの中にはあるのでしょう。それでも六冊だけ。描き始めた段階では、このうちの何冊か読んだだけなのだろうと推測できます。そりゃ、間違いだらけになりますよ。
いつ発行されたものか
歴史について使用する資料は「いつ発行されたものか」が重要になりますが、重要性をわかっているがゆえに記載しなかったのか、『親たるもの 断崖』には発行年が書かれていないので、こちらで補足しておきます。
1)平林正一・久末進一著『聞き書き 室蘭風俗物語』(袖珍書林/1986)
2)谷川美津枝著『ものいわぬ娼妓たち』(みやま書房/1984)
3)西口克己著『廓』(東邦出版社/1969)
4)小寺平吉著『北海道遊里史考』(北書房/1974)
5)札幌女性史研究会編『北の女性史』(北海道新聞社/1986)
6)笠原肇著『赤い街』(大和工房/1979)
『親なるもの 断崖』を描いた時点で手に入りやすかったものをちょいちょいっと買ってきたってところでしょう。
この中でもっとも古いのは西口克己著『廓』です。ここに出ているのは新装版で、オリジナルは三一新書ですが、それも戦後です。後半は赤線時代の話ですから。
それを除いて、すべて地方出版と言われるものです。各地域の遊廓については、その地域の郷土史家らに負うところが多く、私もできるだけ読むようにしているのですが、内容は玉石混交です。
実質、自費出版に近いものを出している地方出版社もあり、自費出版であっても「これ以上、この地域については調べられないだろう」というくらいに資料性の高い大部のものがある一方、ひどく薄い内容のものもあります。
郷土史家と言われる人たちは、学校の社会化教師が定年退職後にそう名乗っていることも多く、広く郷土史には詳しくても、遊廓史に詳しいわけではないので、トンチンカンなことを書いていて、「これだったら、市史の類の方がまだしも役に立つ」と思ったりもします。市史の類に、地元の遊廓のことや税収のことが書かれていることがあるのです。
さて、ここまで丹念に「ビバノンライフ」を読んできた方は、谷川美津枝著『ものいわぬ娼妓たち』という本に記憶があるかもしれません。私は使えない資料としてこの本を取り上げています。
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