見世物奇談・保奈美の初恋 第三幕-[ビバノン循環湯 132] (松沢呉一) -3,107文字-
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第三幕
原人バーゴンの反響は予想以上のものだった。博多っ子たちはバーゴンを迎え入れてくれたのである。
とくに子どもたちは熱狂と言っていいほどにパーゴンに夢中になった。特撮ショーを見るのと同じように、子どもたちはパーゴンが登場するとキャーキャーと大騒ぎをし、ムシを食べ出すと、またキャーキャーと逃げ回る。
大人と違うのは、子どもたちはこのショーでリアルな好奇心をかきたてられることだ。怖がりながらも、イヌのような原人に子どもたちは魅せられる。この好奇心は小屋を出てからも続く、
家にいても、学校にいても、そのことが頭を離れなくなる。
孫悟空は動き、表情、ミミズやゴキブリの食べた方を各ステージで少しずつ変化させて客の様子を見ていたのだが、「どこまでやっていいのか」を探る作業は、やがて「キンタマさえ出さなければどこまでもやっていいのだ」という確信になった。
見世物に来る客は、日常ではない異界で恐がりに来ているのだ。大袈裟にやればやるほど、客は恐がり、それこそが客の満足である。とくに子どもたちは大袈裟な部分にこそ夢を見ることを孫悟空は初日で実感した。
ここには自分の居場所があった。今まで体験したことのない20ステージを終え、心身ともに疲れ切りながらも孫悟空はそう思い、ホテルのベッドですぐに寝付いた。
※ゴキブリ早食い世界記録に挑んだ時の孫悟空。
二日目の月曜日。平日は午後五時から十一時まで開演。さすがに前日ほどの混み合い方ではなく、初日を無事こなせた安心感もあって、演者たちの表情にも余裕が出てくる。
とくに初日でいい感触を得た孫悟空は自信をもってステージに臨んだ。初日は一人一人の客の顔まで見ることができず、見たところでその表情を読み取ることまではできなかったが、二日目ともなると、客が自分の存在を面白がっていることまでをはっきり確認することができた。
楽屋で孫悟空は月花にこう言った。
「子どもだけで来ているのがいますね」
「いるね。あれはたぶんテキ屋の子どもたちだと思うよ」
テキ屋には仮設興行の招待券を配るのが地方(じかた)の慣例になっている。祭りは彼らにとっても真剣勝負の場であって、見世物やお化け屋敷に割く時間はなく、あったとしても、毎度おなじみの出し物を見る心の余裕はなく、招待券はもっぱら家族や知人たちが使う。
夫婦でテキ屋をやっている場合は、仮説興行を重宝する。忙しくなると子どもの相手はできない。子どもたちも露店の周りにいるだけだと退屈する。そこでテキ屋の子どもたちが集まって遊ぶことになり、テキ屋たちがそれぞれに子どもを見張る。
その点、仮説小屋が出る祭りは少し楽だ。子どもらは見世物やお化け屋敷、サーカスを回ってくれるので、仮設小屋が託児所代わりになる。
子どもたちは招待券をもってここで楽しく怖い時間潰しをする。見世物小屋の空間は、子どもたちにとっては不思議に満ちた別世界であり、幾度も来場する。
「今回の招待状は本当は初日と最終日は入れないんだけど、もぎりが昨日も有効にしたみたいで、子どものグループが昨日もいたよ」
客と対面して話しかけ、客をいじる役割の月花は誰よりも先に客の様子を把握していた。
最終日に来ても意味がないが、初日であれば、招待者が友だちを呼んできてくれるのだから、それもまた宣伝になる。事実、その効果が目に見えてきた。三日目、テキ屋の子どもたちが友だちを次々と連れてくるようになったのだ。
見世物の入場料は大人が七百円。子どもは五百円。「友だちとお祭りに行く」と言えば、親は「無駄遣いするんじゃないよ」と千円札を握らせる。その半分を見世物に使っても、まだ金魚すくいをやって綿菓子を買える。
子どもたちの目当ては原人バーゴンだった。
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