見世物奇談・保奈美の初恋 第六幕-[ビバノン循環湯 135] (松沢呉一) -3,082文字-
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第六幕
六日目の金曜日は午後五時にスタートし、深夜十二時半まで続く。ほとんどの祭りでは、九時から十時には店じまいになるのだが、夜の露店を覗いて歩き回ること自体がメインの出しものとも言える放生会では、最終日の前日は例年この時間まで営業するのである。
金曜日とあって、この日は初日なみの混雑になった。ステージの時間はどんどん短くなり、最短では二十分にまでなった。本来の尺の半分であり、この時は蛇娘の出番が丸ごと削られた。これを采配するのが入方座長であり、見世物においての花形である蛇娘よりもパーゴンの方が人気を得ていたことを座長は見ていたのだ。
「私が外されるなんて初めてだよ」と小雪大夫は半ば呆れ、半ば感心したように楽屋で呟いた。
夏はすでに去りつつあったのが救いだった。それでも混み合ってくると、小屋の中は湿気と温度でむせ返る。演者たちも汗だくになり、衣装が肌に密着する。楽屋も狭くて暑い。それでも裸になって涼む暇はない。
体力は限界に近づいていた。「明日で終わりだよ」。それが皆の合い言葉になっていた。
※たぶんこれはバーゴン。股間は葉っぱで隠しています。ロフトプラスワンにて
バーゴンがステージに出ている時、ちょっとしたハプニングがあった。ゴキブリを食べた瞬間、客席で倒れた女性がいたのだ。
一緒にいた男性が抱きかかえ、二人は出口に消えた。
孫悟空も月花もその様子が視界に入ってきていたのだが、ステージを中断するわけにはいかない。
あとでもぎりに聞いたら、そのまま男性に支えられながら、自分で歩いていたそうなので、心配は不要なようだ。
通常は、蛇娘の出番に起きることなのだが、見世物では時折気分を悪くする人がいる。蛇を食べたり、虫を食べたりする奇妙な人々が登場するのがこの見世物の売り物であり、入口にもそう大書してある。それを見たさに来たはずなのに、いざ目の前で見ると、こみあげてくるものがある。また、連れが見たがって、「見世物なんてたいしたことはないよ」と説得させられてつきあわされる人もいる。
その場合に備えて、銀子は必ずバーゴンが食べるものを皆に見せて、「苦手な人は後ろに下がって、指の間から見てください」と注意を促すようにしていた。それでもなお入場した以上は見たくなる。見てしまって気分が悪くなるのは自分の責任。
ゴキブリではなく、熱気にやられたのかもしれないし、そのいずれもが作用した可能性もありそうだが、「卒倒した人がいる」という話は見世物小屋にとっては名誉なことであり、格好の宣伝文句である。その場にいた人たちのほとんどは、そのことを家族や友人に伝えるだろう。
誰もがさして気にすることなく、「倒れた人がいたね」と話して終わりになった。
この日も保奈美ちゃんはスタート時から顔を見せ、前日同様、多くのステージを観ていった。その度に彼女は死んだ金魚、雑草、昆虫を手にしていて、生きた金魚をもってきたこともあった。「たまには新鮮な魚を食べた方がいいだろう」と金魚すくいのおじさんが気を利かせてくれたらしい。もちろん、そのすべてをバーゴンはおいしそうに食べた。
このことが他の子どもたちにも伝わって、近くの原っぱで大量のバッタをつかまえてきてくれた子どもたちもいた。
孫悟空はミミズとゴキブリを全ステージ用にもってきていたが、ステージを重ねていくうち、何度も観てくれるお客たちのために他のバリエーションも見せたくなってくる。金魚やバッタをもってきてくれる子どもたちの存在は本当にありがたかった。
「さあ、あと一日だよ。最後まで頑張ろうね」
月花は客が退けた小屋で皆に檄を飛ばした。
※見世物とは無関係。ネイキッドロフトで行われている「新宿毒蛇博」の出演者兼マスコットガールである蛇娘(がんばりガールズの晶エリー)。
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