松沢呉一のビバノン・ライフ

ムラ社会が生み出した依存的性格—下戸による酒飲み擁護 19- (松沢呉一) -3,282文字-

依存性人格障害がこの国では問題になりにくかった理由—下戸による酒飲み擁護 18」の続きです。

 

 

 

依存性人格障害の基準はムラの基準

 

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どれもこれも安易に人格障害とすべきではないですが、「決断ができない人」という程度の評価で済んでいる人たちの中にも人格障害の人がいる可能性があります(その程度で済んでいるのですから、「障害」に至っていないとも言えますが)。

依存性人格障害と診断される人が潜在的に多いのだとすると、そこまでには至らない依存性の強い人たちも当然多いと類推できます。矢幡洋によると、「日本の国民病」ですから。

 

 

依存性人格障害の診断基準

 

 

これだけで決定できるわけではないですが、8項目中5項目当てはまると、依存性人格障害の可能性あり。そこまで至らずとも、依存性の高い人たちは多いでしょう。

この8項目をよく見てください。ムラにおいては望ましい振る舞いです。

個人の判断で行動することは制裁、排除を招くため、つねに周りを気にして、人の意見を聞いてから行動する。他人に従っていればリスクは抑えられ、責任をとることから回避できる。本当はイヤなことでもやることでムラの構成員であることを自覚し、他者にもそうアピールをする。そうしている限り、自分が困っていたら、ムラの人たちがかまってくれるのだから、自信なんてものは必要がなく、時に邪魔になる。

山岸俊男著『安心社会から信頼社会へ』では、ムラから離れると、日本人は傍若無人なふるまいをすると指摘されていましたが、日本人は個で見た時には個人主義者(※)なのではなくて、行動の指針がなくなるに過ぎないのではなかろうか。それでもなお内面化されたムラの道徳による制裁欲は残る。

ムラの規範が働かないところでは、自分の意見を堂々と言える人たちもいるでしょうが、ムラの正しい振る舞いが内面化されていて、ムラの手助けがない場面においては、何も判断できず、助けてくれる人がいなくて困り果てるという人もおそらくいるのでしょう。これが依存的性格です。

※そもそも個人主義者というのはただのわがままではなくて、個を尊重するってことですから、こういう場合に個人主義を使うのは適切ではないですけど。

 

 

まずは自覚すること

 

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他にも依存性人格障害の診断テストの類いがネットには出ているので、試してみるとよいと思います。

私は成績が思い切り悪い。上の8つの基準では、ひとつも該当しません。

しかし、強迫性人格障害の診断テストでは、好成績を残せます。こっちでは優等生。

 

 

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