松沢呉一のビバノン・ライフ

赤線殺人事件—「店舗は安全」と警察も認める-[ビバノン循環湯 146] (松沢呉一) -3,139文字-

「セックスワークの理解と議論を深めるべし」で、赤線では殺人事件はほとんどなく、「私が確認できたのは、夫に殺されたケースでした」と書いてますが、これは私がすっかり忘れていただけで、他にも確認できてました。

この原稿は雑誌「S&Mスナイパー」に書いたものです。2003年だと思います。SMをテーマにした回ありぃの、無関係の回ありぃのの歴史ものの連載です。この回はあくまで「店舗で殺されることは珍しい」という趣旨のため、「風俗嬢の絶対数から考えて、(店舗以外で)事件の被害者が多いことはそれほどおかしくはないのかもしれません」と書いていますが、こうやって並べると、やはり多すぎでしょう。「色恋」と「金」のふたつの要素がからむため、揉めやすいのは事実として、蔑視も関わっているのだろうと思います。これは海外のセックスワーカーの当事者団体や支援団体も指摘しています。「生きる価値のない女たち」というイメージを作り出しているのはいったい誰か。

店舗の方が安全であることは警察も認めているわけですけど、なのにこのあと浄化作戦で店舗を締め付けました。働く女たちの安全よりも、いかがわしいものを見えなくすることを優先しました。誰がこれをバックアップしたのでありましょう。

 

 

吉原ソープ嬢殺人事件

 

vivanon_sentence今年の八月二〇日、吉原でソープ嬢が殺される事件がありました。殺されたのは、風俗誌の表紙にもなったことがある人気ソープ嬢です。犯人は他店で従業員をやっていた男。こいつは店を辞め、誰かを道連れにして自分も死のうと思って客として入り、彼女を殺害。しかし、結局自分は死なずに逮捕されています。

死ぬなら一人で死ねばよろしいのに。一人で死ねないなら、インターネットの自殺サイトで仲間を探せばよろしいのに。自殺サイト、心中サイトはなにかと批判されるわけですけど、一人で死ねない人たちが他人を巻き添えにするくらいなら、一緒に死ぬ人をあてがってやった方がよっぽどマシです。

風俗嬢が殺された事件はここ数年だけでもいくつか思い出されます。吉原の事件の一週間後の八月二七日には、日暮里のラブホテルで、中国人ホテトル嬢が客に金を奪われて殺されています。

数年前には、客と店の外で会ってセックスをせずに金をもらっていた風俗嬢が殺されています。客がセックスを迫ったところ罵倒されたための犯行です。

たしか埼玉で、客の家に行っていた風俗嬢が中年の客に殺された事件もありましたし、九州でも学生のデリヘル嬢が殺された事件があったと記憶します。

風俗嬢だったことまでは報道されませんでしたが、地方都市で起きたある殺人事件の被害者もまたアルバイト風俗嬢でした。これはその地方の風俗店の人から聞きました。犯人はまだ捕まっていないはずです。

風俗嬢の絶対数から考えて、事件の被害者が多いことはそれほどおかしくはないのかもしれません。しかし、店舗型風俗店の店内で風俗嬢が殺されるケースは非常に珍しく、であるが故に、吉原の事件に私は注目しました。すぐに捕まる可能性が高い店舗ではやりませんよね、普通。

一九九五年、五反田のSM店オーナーが殺された事件も犯行現場は店ではありません。内部の犯行であっても、多くの人が出入りする店は避けるってものです。

関西のソープ街で、仕事中のソープ嬢が客に殺された事件があったとの噂を聞きましたが、確認はできず、出張系ではない店舗型風俗店での殺人はありそうでないものなのです。

知り合いの風俗嬢が働く店が摘発された際、彼女も参考人として呼ばれ、その時に取り調べの警官が、「風俗店で殺された風俗嬢はいない。店に所属していれば安全」という話をしていたそうです。

でも、戦後間もない時期まで遡ると、いくつかの殺人事件が起きてます。

※夜の吉原弁財天

 

 

鳩の街殺人事件

 

vivanon_sentence犯罪」(風俗社)昭和二四年十一月号には「鳩の街殺人事件」が掲載されてます。「犯罪」というタイトルの雑誌は当時いくつか出ているのですが、この「犯罪」は昭和二二年七月に創刊された「犯罪実話」が改題されたものです。

この雑誌に限らずですけど、当時は殺人現場の写真もよく掲載されていて、この「鳩の街殺人事件」でも、印刷が悪くてわかりにくいものの、その現場写真と思われる女の写真が掲載されています。著者は境四十五という人物なのですが、この事件を担当した富村刑事が「私」として書いた体裁になっており、ライターが刑事に取材して書いたのでしょう。

鳩の街は大正時代にできた私娼窟・玉の井から分れた新興勢力で、今も商店街の名前として、その名は残っており、当時の建物もチラホラ見ることができます。

昭和二二年十二月二七日の朝、鳩の街のある店で、みよという名の二五歳の女給が殺されているのが発見されます。見つけたのは、この建物の家主です。

 

 

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