欲望を抑圧した結果—半世紀前の盗撮犯-[ビバノン循環湯 155] (松沢呉一) -2,305文字-
これは四国の風俗雑誌「Ping」の連載に書いたもの。十年以上前の原稿です。便所のノゾキはそれ以前からいましたが、盗撮で逮捕されたものとしては最初期のものと思われる昭和三十年代の事件について書いたものです。盗撮自体はもう少し早くからいたかもしれないけれど、この時期に逮捕された例は相当に珍しいはず。ノゾキやら盗撮は卑劣ではありますが、そうなった事情を知ると、可哀想な人でもあります。欲望を抑え込むと、こういう人が出てしまうのです。性犯罪は抑圧することでこそ生じる側面をちゃんと見た方がいいと思います。
病気の人たち
ここ数年、盗撮で捕まる事件がよく報道されています。それを商品化して金儲けを企む人はけしからんですが、そうしないではいられない性癖の人については少しばかりの同情があったりします。言うまでもなく、やってはいけないことではあって、弁護まではしないですが。
男が女子便所に忍び込んでの盗撮は、不法侵入になりますので、電車やエスカレーターの中でスカートの中を盗撮するよりも罪が重い。便所の中にいただけで決定的な証拠ですから、非常にリスクが高い。なのに、立派な会社に勤めている人たちや公務員までが盗撮をして人生を棒に振るのですから、病気に近いものなのだと思われます。病人には同情します。
こういう盗撮はいつ頃から始まったのでありましょうか。いつの時代にも、覗くことでしか興奮できないスコポフィリア(窃視症)や糞尿を愛するコプロフィリアがいるわけですから、コンパクトで性能のいいカメラが普及した時代、つまり昭和三十年代あたりにはすでに女子便所の盗撮で逮捕される人たちが出てきます。
逮捕された小学校教員
「週刊内外実話」(芸文社)昭和三八年九月一三日号に、「汚れた下着収集狂から逃げ出した処女妻」という記事が出ています。この雑誌は信憑性のない記事も出ていますが、事件ものについては、事件担当の新聞記者や雑誌記者がアルバイトで書いているのか、おおむね事実と思われます。
これは福岡であった事件です。デパートの女子便所から悲鳴が聞こえ、警備員が駆けつけたところ、手にカメラをもった男が中にいて、あっさり捕捉されました。
被害者が用を足しながら、ふと上を見上げたところ、男がカメラを構えていたと証言。
犯人は小学校の教師でした。男の母親は正妻ではなく、妾をしていました。自分の生活を恥じ、子どもが自分や父親のようにならないで欲しいと願うあまり、性的なことに関して極端に厳しく教育。そのため、彼は性に対して強い嫌悪感を抱くようになっていました。
また、子どもの頃から「妾の子」といじめられ、性格も内向していきます。
十八歳の時にたまたま通りかかった民家の物干しに、黒いパンティが干してあるのを見て、今までに感じたことのない興奮を覚えて、無我夢中で、これを盗みます。
ここから始まって、パンティ、腰巻き、シュミーズ、ハンカチ、靴下など、女性が身につけたものを収集するようになります。これらを部屋中に広げ、その中で陶酔するのが彼の喜びでした。
ある時、洗濯する前の下着を入手することに成功します。よくよく見たら、そこに一本の陰毛がついていることを発見し、ここに下着では得られなかった興奮を抱き、女子便所巡りを開始します。
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