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松沢呉一のビバノン・ライフ

広島の裏風俗とタクシーとの関係—敗戦とともにカーセックスは始まった-[ビバノン循環湯 153] (松沢呉一) -3,885文字-

2016年11月19日22時49分 カテゴリ:エロメディアエロ雑誌風俗産業ストリップビバノン循環湯ラブホ広島県広島市弥生町性風俗史広島県広島市比治山町風俗産業裏風俗


「ビバノンライフ」を始めて二年になります。これだけやっていると、だいたい要領はわかってくるわけで、今話題になっているタイムリーなもの、皆が知らないことではなく、知っていることを取り上げた方がアクセスが増え、購読者も増えます。そういうものにしたいのですが、どっちも苦手です。

しかし、そのふたつの条件に合致しないのに、ずっとアクセスが続くものもあります。更新した直後は読む人が少ないのに。半年後、一年後にはPVの上位になっている。どこかにリンクされたり、検索で入ってきたりするわけです。どっちかと言えば私は「興味を抱く人は少ないけれど、積極的に知りたい、調べたい人が確実に存在していて、数年後でも読む人がいる」というものを書くのが得意ですので、こういう読まれ方が理想です。

たとえば「『吉原炎上』間違い探し」や「『親なるもの 断崖』はポルノである」のような遊廓ものがそのパターンです。遊廓について調べる人、興味を抱く人はそれなりにいますから、これはまだわかるとして、「広島のマントル嬢インタビュー」もまたアクセスが落ちない。ただ内容が面白いだけではなく、裏事情をリアルに語ってくれているので、広島の人たちが読んでくれているのかとも思うのですが、よくわからんです。

わからんままに、広島県民サービスとして、広島について書いた原稿を循環させておきます。十年ほど前にネットの連載に書いたものです。撮った時期は違いますが、広島の写真も出てきたので使ってみました。前半の広島の話は導入で、どっちかと言えば、タクシーと性風俗の関係がメインの原稿ですが、弥生町のことにも触れており、中に出てくる「比治山町のホテル街」は「街娼に襲われそうになった夜」の舞台です。

 

 

広島の裏風俗「マントル」

 

vivanon_sentenceちょっと前に、広島に行ってきました。

ヤクザ映画の影響で、広島は怖いイメージがありますが、全然そんなことはありません。広島県人は「おっとり」「おとなしい」といった印象さえあって、皆さん、とても親切です。言葉も映画ほどは汚くない。「じゃけ」くらいは言いますけど。

広島市には、地元で「マントル」と言われる裏風俗があります。東京でも、1980年代に、この言葉は使用されてました。「マンション・トルコ」の略で、本番ありのマンション営業の性風俗を指します。

広島の場合、マンションの中に店舗があるのではなく、マンションに待機した女のコと客引きとが連動した業態のことをこう言います。客にとってはたいした違いはないのですが、広島のマントルは全国的に見ても非常に珍しい特性をもっています。長くなるので、これについてはまた今度(「広島のマントル嬢インタビュー」を参照のこと)。

この一角の客引きのおねえさんで、私が大好きな人がいるのですが、体調を崩してしまって半引退状態で、今回も会えなかったのが残念。それでも、街娼や客引きのおねえさん方にたっぷり話を聞いてきました。

このマントルは、元遊廓地帯で戦後は赤線があった弥生町周辺にあります。もちろん、当時はマントルとは言わなかったわけですけど、売防法制定以降に登場し、歴史的には遊廓からつながっています。

 

文藝春秋オススメの広島の性風俗

 

vivanon_sentenceかの文藝春秋が文藝春秋新社と名乗っていた時代、「漫画読本」という雑誌を出していました。今の文藝春秋では考えにくいですが、ヌード写真や風俗ルポが掲載された男性向けの雑誌です。

「漫画読本」の昭和四二年三月号は「男のためのプレイガール研究」と題した特集を組んでます。遊んでいる男がプレイボーイなら、女はプレイガール。そういった女たちとどこで出会えるか、どうやってくどけるかといった内容の特集です。

この雑誌には「男の旅・全国アナ場しらべ」という連載ページがあり、この号は広島が舞台です。この記事によると、広島の繁華街である薬研掘にある「和光」というトルコ風呂は十五年の歴史があって、「日本最古」を謳い文句にしているとあります。十五年前だとすると、昭和二七年。取材が前年だとして、昭和二六年にオープンということになります。

一般にトルコ風呂の元祖は、銀座の「東京温泉」ということになっていて、オープンしたのは昭和二六年の三月です。「和光」のオープンは、早くてこの年の後半ではなかろうか。この世界での「元祖」「初」というのはあまり信用できず、たぶん「同じ年だから、日本最古と言っていいだろう」ってことかと思います。

なお、「東京温泉」がトルコ風呂の元祖という話は厳密にはちょっと違う。これについては、以前、雑誌で詳しく論証したことがあるのですが、その後わかったこともあるので、そのうちこの連載でも書くことにしましょう(拙著『エロスの原風景』でまとめた)。

※号数は違うが、「漫画読本」の表紙を参考までに

 

ガイドとしてのタクシーの役割

 

vivanon_sentenceさて、この記事には、今につながる広島の裏風俗事情も出ています。タクシーに乗って「面白いところある?」と言えば、必ずこの一角にタクシーはやってきて、周辺の客引きが女のコを連れてきます。その中から選んで、タクシーに乗せて、旅館まで行く寸法。

この一角には今もラブホテルがちらほらとあって、当時も赤線の店が転じた連れ込み旅館があったはずなのですが、おそらくこの場でするよりも、移動した方が警察の目につかないという事情があったものと思われます。

今も川沿いの比治山町にホテル街があって、こちらにも弥生町とはつながりのない街娼のおねえさん方がいます。

おそらく当時から旅館やホテルがあったものと思われ、タクシーでここまで移動したのではなかろうか。

歩いてもそう遠くないところなので、タクシーの運転手にとってはさしたる売り上げにならないのですが、こうやって客を紹介すると、運転手にもバックマージンが入ってきます。時には運転手が多めにふっかけて、間を抜くという方法もあったでしょう。

したがって、客は値段交渉をタクシーの運転手とやればよく、それを路上でやるよりも目につきにくい。その点でも、タクシーは便利で、安全だったわけです。

ひと昔前までは、どこの街でもタクシー運転手に言えば、そういった場所に連れていってくれ、言わなくても、「遊びの方はもうお決まりですか」などと話しかけてきたものです。運転手は売り上げの一部をバックしてもらうということが公然と行われていた時代です。

今はタクシーの協会がうるさくなって、どこの地域でも禁止され、ソープランドのライターをくれたりするくらいです。一部、こっそりやっている地域もありますけど、昔からタクシーや輪タク(今でもアジア各国に残っている自転車のタクシー)は客引きの役割を果たしていたんですね。

※薬研掘にあるストリップ劇場「第一劇場」。8月で閉館予定だったが、ファンの署名運動があって、来年1月まで営業することに。存続の危機にあることには違いなく、全国各地のストリップ劇場は数を着実に減らしていて、ストリップは風前の灯火である。

 

ホテル代わりのタクシー利用

 

vivanon_sentenceタクシーは客引きの役割以外にも、セックスワークとの深い関わりがあります。

 

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