自分の性を他者に押しつけないではいられない人々—マリアンヌ・メイシー著『彼女のお仕事』を推薦する 2-[ビバノン循環湯 170] (松沢呉一) -5,034文字-
「マッキノン、ドウォーキンらの正体—マリアンヌ・メイシー著『彼女のお仕事』を推薦する 1」の続きです。
自分の信じる「正しいセックス」は自分で実践すればいい
前回書いたように、性行動、性表現を禁圧しようとする勢力は「事実を確認しない」「事実を軽んじる」「事実をねじ曲げる」という傾向があります。事実より大事な「神話」に拘泥し、他者をもこれに服従させようとします。
マリアンヌ・メイシー著『彼女のお仕事』5章にも、事実に基づかない論を述べる人物が登場します。SMを批判するセクソロジストのウェンディ・モルツという人物がそれ。
この章で繰り返し登場するエイヴァ・トーレルというプロの女王様のインタビュー記事をウェンディ・モルツは批判。これについてマリアンヌ・メイシーと議論した時のやりとりに、「ある種の人々」の典型が見られます(カッコ内は松沢による注)。
まずウェンディ・モルツの批判。
こういった行為(SM)は、幼いころのトラウマの極端な再現にすぎません。この女性(エイヴァ・トーレル)に同情します。
(略)
人間、裏切りや、愛され守られることの大切さについてじっくり考えてこそ癒されるんです。
(略)
それによって自己嫌悪に陥り、自尊心が傷つくのです。(これは客に対しての評価)
これに対してマリアンヌ・メイシーはこう質問をします。
SM愛好家の多くはそんなふうには思ってませんし、どんなセックスをしようと個人の自由だと考えていますが、それについてはどう思われます? それから、子供時代のトラウマなど抱えていなくても、セックスのヴェリエーションのひとつとしてSMを楽しんでいるひとも多いという事実は?
ウェンディ・モルツはこう答えます。
そういったひとたちは心の現実に気づいていないんです。(略)本当は傷ついている子供の部分から目をそらしているんです。
これに対し、マリアンヌ・メイシーはさらに「『これが正しいセックスだ』とか、『こういった感情をもつべきだ』ときめるべきだと?」と突っ込むと、ウェンディ・モルツは長い間をあけたあと、こう答えます。
自分の心のありようをより深く知るという意味ではそう思います。『この行為は自分にとってどんな意味があるのだろう? うぬぼれが増す? 他人ともっと近づける? 社会や人生との結びつきをもっと強く感じるようになる? 心と心の結びつきや安らぎが増すだろうか?』と自分に問うことは大事です。
著者はこの人に反対意見をもっているため、突っ込みが執拗で、「こういったプレイにも愛情や思い遣りがあって、相手の気持ちを理解するひとつのコミュニケーションの手段になりうるとは思いませんか」と聞くと、ウェンディ・モルツはきっぱりと「とんでもない」と否定。
女王様は独自の精神的ガイドラインをもっているから、他人の傷を癒すことなんてできませんよ。
自分こそが、独自の精神的ガイドラインをもち、それを他者に押しつけているのに…。
これこそが現実を知ろうとしないまま、高見から一方的に決めつける姿勢であり、自分のガイドラインに合致しない人は精神的に問題があるのだと決めつけて合理化をする。
マリアンヌ・メイシーはこういった姿勢を一貫して批判しています。
他者の性より自分の性が正しいと思い込める異常
ウェンディ・モルツがSMを否定する言葉は、売買春を否定する言葉にそのまんま重なります。
それぞれにとっての「正しいセックス」「理想のセックス」、あるいは「好きなセックス」「受け入れられないセックス」という考え方をもつこと、その考えを共有できる人を探してセックスをすることはなんの問題もない。個人の趣味ですから。しかし、それを他者が共有しないと納得できず、あるのかどうかもわからないトラウマを持ち出すことにこそ、改善すべき問題が存在しています。
誰もが共有しなければならないセックスの答えなんてあるはずがない。あるのはその人個人にとっての答えのみ。あるいは個人にとっても答えなんてないかもしれない。
誰もが独自のガイドラインを持っていていい。複数のありようがあっていい。それらの異なるありようが共存するためには、他者の選択に介入せずに、他者を尊重すればいい。尊重までできないのであれば、無関心でいればいいだけです。たったこれだけのことができない人たちが性行動や性表現を禁圧しようとするのです。
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