松沢呉一のビバノン・ライフ

毛利郁子の殺人事件—蛇とエロと祟り 2- (松沢呉一) -4,278文字-

裸ショーの蛇姫・小夜れい子の死—蛇とエロと祟り 1」の続きです。

 

 

 

スネークショーで起死回生

 

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昭和二二年、小夜れい子こと加藤千鶴子は、裸ショーの巡業で青森を訪れた時に、蛇遣いの大道芸人から、舞台でも蛇は使えると教えられた。戦前は舞台で使う女優もいたと聞き、もともと蛇が好きだった彼女はこれを取り入れることで起死回生を図る。

この時にパートナーとして思い浮かんだのが山口登美子であった。山口登美子とならうまくやっていける。裏切ったことを謝罪し、登美子もこれを受け入れて、紅トミーになることを決意。

蛇は好きでも、それを舞台に使うことは容易ではなく、登美子は大森の実家を出て、れい子が母と二人の子どもと住む小岩の二間しかない家にやってきて、そこで二人は蛇屋で買った蛇、野山で捕まえてきた蛇十数匹を飼い、芸に使えるように仕込んだ。

昭和二三年、銀座四丁目のキャバレー三松で、二人は蛇を使った妖艶なフロアショーを披露。千鶴子にとっては、これが少女歌劇、裸ショーに続く三つ目の晴れ舞台である。この「手記」によると、舞台よりもフロアショーの方が大胆なことをやれたらしく、どうやら全ストもやったようだ。全裸の肢体に蛇を這わせたのだろう。

これが話題になって、新宿セントラル劇場から声がかかって、舞台に舞い戻って、スネークショーは瞬く間に人気の出し物になっていった。

しかし、昭和二十四年夏頃から千鶴子は、体調が芳しくなく、疲れやすく、また、子宮からの出血が続いた。病院に行っても原因がわからず、症状は重くなる一方で、千鶴子と登美子は芝の天神様に足を運ぶしかなかった。

昭和二五年四月十日、横浜セントラル劇場の出演を終えて、新宿東宝の「女体さくら祭り」の稽古が始まる直前に倒れて、日本赤十字新宿病院に入院、検査の結果、悪性絨毛上皮腫という数万人に一人しか罹らない病気だと診断された。

千鶴子は子宮摘出手術を受け、二十二日間入院。千鶴子の望みで退院したが、五月二十一日、容態が急変して千鶴子はのたうち回り、近くの医者を呼んだが、内科医では手の施しようがなく、その日の深夜、息を引き取った。肉腫が胸部に転移していたのである。

※記事に添えられた挿絵

 

 

蛇との関係

 

vivanon_sentence小夜れい子の死が謎めいているのは、なにより絨毛上皮腫という病気のせいだろう。

 

 

絨毛上皮腫 じゅうもうじょうひしゅ chorioepithelioma

絨毛細胞から成る悪性腫瘍のこと。胎盤の絨毛を形成する上皮細胞が病的に増殖するもので,絨毛癌とも呼ばれる。正常分娩のあとにはまれで,胞状奇胎のあとで起りやすく,人工中絶,自然流産のあとにも発生することがある。

コトバンクより

 

 

この病気自体、発生率が低い上に、出産または中絶、流産のあとで起きやすいということで、憶測を生んだ。二人目の子どもを出産してから四年ほど経っているはずで、ことによると、中絶、流産をしていたかもしれないが、「手記」ではそのことは触れられていない。

蛇女の伝説―「白蛇伝」を追って東へ西へ (平凡社新書) 彼女の病気が判明してから、彼女の体には十一の蛇の鱗があるとの噂が流れたが、子宮に腫瘍があったことが、こんな噂に変形した。古くからある蛇の伝説の類いがここに投影されたものだろう。

「手記」は「誰か私の奇病と、蛇との因果関係を、解明していただけないでしょうか—?」で終わっていて、これが本人の言葉だとすると、蛇と同居していたがために、この病気になったのではないかと自身も疑っていたようである。

エロ仕事をしている人たちは、あるいは見世物でも、その芸の背景に彩りを加えるためのウソの設定を語ることがよくある。小夜れい子もまた、あたかも蛇と愛し合っているかのような幻想を語ってきたため、これが病気と相俟って憶測を生んだのだが、「手記」では、これをはっきり否定している。

大正時代に、栃木県で、農家の新妻が昼寝をしていたところ、蛇が縁側から入ってきて、下着をつけていなかった彼女の性器に入り込み、鱗があるため、抜こうとしても抜けず、蛇は穴蔵の中にさらに入り込んで、腹部を食い破り、蛇も彼女も亡くなった事件があったため、彼女は決してそんなことはしなかったと書いている。都市伝説の類いだろうが、膣の中では顎を広げることもできず、そのうち窒息するだろうから、愛する蛇をそんなことには使うまい。

 

 

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