松沢呉一のビバノン・ライフ

女言葉がデフォルトだった時代—丸尾長顕著『粋女伝』4(最終回)-(松沢呉一) -3,361文字-

粋なプレイガールたち—丸尾長顕著『粋女伝』3」の続きです。

 

 

見るものじゃない、するものよ

 

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丸尾長顕著『粋女伝』に登場する女たちは揃って女言葉を使ってます。このシリーズで私が取り上げた粋女全員の言葉を抜き出してはいないですが、小悪魔と呼ばれた女優も、脇毛の女王も、プレイガールたちも原文ではすべて女言葉です。

では、もう一人の言葉を長めに転載してみましょう。

日劇ミュージックホールのヌードの中で、一番色気たっぷりの女」として著者が挙げているのが沢美奈(この場合の「ヌード」は乳房までを露出するダンサーを指す。ヌードそのものではなく。ヌードになる人の意味)。

 

 

ある男が(私ではありません)面白半分に秘密クラブでブルーフィルムを見る会に誘っていった。

どんな顔をするんだろうと、大いに興味を持って誘ったのだが、彼女は五分も見ていないでグウグウ寝てしまった。

テレて眠ったふりをしているかと疑ってみたそうだが、本当に眠っている。

映画が終わったので「もう終わったよ。起きたまえ」と揺り起こして

「なぜ見なかったのだよ。面白かったぜ」

と、いうと、むっくり起き上がった彼女は

「あんなものは見るものじゃないわよ、するものよ」

と平気で答えたので、誘った方が恐れ入った——と、いう伝説がある。

「キミ、ボーイフレンドは何人ある?」

と、これは私が尋ねたら

「三十一人半よ」と平気で答えるので

「半とは、また変だね」

「そうね。いま出来かかったいるのが一人あるからよ」

「みんな恋人かい?」

「恋人? バカにしないでよ。恋人は一人もいないわ」

「じゃ、ボーイフレンドの三十一人半はなんだね」

「いつもおごらせる男のことよ」

ボーイフレンドはおごらせる男とは、さすが粋女の新解釈で、その人たちには少し気の毒な気もするのである。

 

 

「何人ある?」「一人ある」など、文章におかしなところがあるのは原文まま(古い時代には人に対して「ある」としているものがよくあるので、これも古い時代の用語かもしれない)。

前段のエピソードからしても、ボーイフレンドはセックスをした相手ではないかと思わないではありません。

ずっと年上であり、お偉いさんである丸尾長顕に対する言葉としてはラフな言葉遣いで、丁寧語を使ってませんが、「-わ」「-わよ」「-よ」といった女言葉の語尾を使っています。

※ステージ写真をトリミングしたものと思われて、沢美奈の写真は写りが悪い。『粋女伝』より

 

 

女博徒も女言葉

 

vivanon_sentenceたまたま女言葉について調べていたところだったため、このことが気になって、本を読みながらずっとチェックしていました。

気にしすぎたためでもあるのですが、ドライで強く、奔放とも言える行動をとっている女たちが女言葉を使っているのは、今の時代に見るといくぶん居心地が悪い。古い時代のものであることをわかっているため、不自然とまでは思わないですが、どうしても古くさく感じます。半世紀近く経っているのですから古いのは当然ですけど。

上の引用文で、男は「起きたまえ」と言い、語尾は「-ぜ」です。

プッシー・ライオットの新譜『Straight Outta Vagina』と女言葉の不自然さ」に書いたように、会話で進行する文章においては、言葉自体にキャラ付けした方が無駄な説明がいらなくなるため、女言葉、男言葉は便利でありまして、ここでの女言葉は丸尾長顕の都合によるものかもしれないですが、「誰の発言か」が映像や声でわかる映画やテレビにおいても、かつてはこういう言葉遣いでした。

 

 

 

 

博打をやっているアウトサイダーの小悪魔が「生きるって退屈なことだわ」「あなた、刑務所に入っていたんですってね」「人間てまともには生きられないのね」「人間て自分で自分を引っぱり切れるものかしら」と上品に言ってます。今の小悪魔だったら、「生きてるってチョー退屈」「あなた、刑務所に入っていたんだってね」「人間てまともに生きられないじゃん」「人間て自分で自分を引っぱりきれるものかなあ」といったところか。

それにつけても加賀まりこはかわいい。

 

 

アニメとエロに残る女言葉

 

vivanon_sentenceさらに、半世紀も昔のものではないのにこういう言葉遣いをするキャラを思い出しました。ナウシカです。

 

 

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