松沢呉一のビバノン・ライフ

恵方巻きが始まったのはお茶屋か妓楼か—BuzzFeedの記事を検証する(笑) 1-(松沢呉一) -3,137文字-

 

おかしな記事

 

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一昨日は節分。恵方巻きなんてどうでもいいのですが、ちょうど「花街」という言葉についてFacebookに投稿した直後だったので、以下の記事に注目してしまいました。

 

 

一読して「なんか変だぞ」と思って、そのことをFacebookで指摘しました。遊廓についてはいくら書いても世間様には通じそうになくて、印刷物でやっていくしかなく、「ビバノン」ではもういいやと思っていたのですが、餌を与えられると食いつく習性があって、この内容を「ビバノン」でもっと正確に書いておくことにしました。

最初にお断りしておきますが、「恵方巻きのルーツに関する誤解があるかもしれない」という程度の話であって、この誤解が広まったところで何か問題が生じるわけではなく、よって「実際にはどうだったのか」を確定させようという気もないのですが、「いかに遊廓周りのことが理解されていないのか」のいい例にはなりましょうし、「一夜漬けの知識で遊廓を語ろうとすると、必ずと言っていいほど間違える」という教訓にもなりましょうから、改めて「ビバノン」で取り上げておくことにしました。

 

 

芸娼妓にまつわる用語は面倒

 

vivanon_sentence検証を得意とするBuzzFeedの記事を検証するだけではなく、これをやっておこうと思ったのは、もうひとつの動機があります。

ビートルズ来日の際、ポール・マッカートニーが行こうとして行けなかったトルコ風呂について調べたことが話題になった阿達勝則さんが、その流れで四谷大木戸とその周辺について調べ始めており、私もいくつかアドバイスをしたのですが、その時の私の説明は必ずしも正確ではありませんでした。説明不足と言いますか。こちらを参照のこと。Facebookにちょいちょいと書いたことですから。

私が「ビバノンライフ」に書いてきたのは遊廓についてであって、遊廓に関する用語は何度か解説をしています。「遊廓の誤用」「公娼と私娼」「妓楼のランク」「遊女・花魁・お職」などなどでまとめて説明をしていますし、それ以外でも気づくたびに説明をしています。

それに付随して芸妓について触れてはいても、芸者領域についての用語についてはさほど説明してきていません。私のテーマではないし、もともと娼妓に比して芸妓についてはさほど調べてきていないってこともありまして。

そこで、この機会に、用語説明をしておこうと思い立ちました。芸娼妓に関する用語は時代や場所によっても違うので、面倒な言葉が多いのですが、そこを理解しておかないと間違いが起きます。

その目的があるため、「恵方巻きがどこから始まったのか」を見るにしては、細かい説明が続くことをお断りします。そっちにだけ興味のある方は結論部分だけ読んでいただければいいかと思います。つうか、Facebookに書いた通りなんですけどね。

※図版は阿達さんが『四谷警察署史』(警視庁四谷警察署発行・1976年)で見つけた写真見世の様子

 

 

恵方巻きの始まりは「花柳界」だった

 

vivanon_sentenceこの記事では、恵方巻きは大阪の旦那衆と「遊女」との遊びから始まったとしていますが、本文を読んでもそうとは思えないのです。

「遊女」は江戸期の用語でありますが、この記事では江戸時代は出てきません。近代になっても使用されている例はありますが、一般的にも公的にも「娼妓」です。俗な言い方だと「女郎」などなどもありますけど、時期をはっきりさせるためにここは「娼妓」とすべきです。

もともと恵方巻きに興味がなかったため、ルーツがどこにあるのかにも興味はなかったのですが、ちゃんと調べている研究者がいるんですね。そりゃ、いるか。

岩崎竹彦・熊本大准教授が見つけた、もっとも古い恵方巻きについての記録は、1932(昭和7)年、大阪鮓商組合後援会が発行したビラとのこと。

以下です。

この流行は古くから花柳界にもて囃されていました。それが最近一般的に宣伝して年越には必ず豆を年齢の数だけ食べるように巻寿司が食べられています。

これは節分の日に限るものでその年の恵方に向いて無言で一本の巻き寿司を丸かぶりすればその年は幸運に恵まれるということであります。

宣伝せずとも誰言うともなしにはやってきたことを考えるとやはり一概に迷信として軽々しく感化すべきではない。

 

「感化」は「看過」の誤字かと思います。

 

 

花柳界なら芸妓のはず

 

vivanon_sentence花柳界」という言葉を知っている人の多くは、「ははん、お座敷遊びとして始まったものなのか」とすぐさま理解することでしょう。昭和30年代には「花柳界」という芸者の雑誌が出ていたくらいで、「花柳界」と言えば芸者とそれをとりまく人々の業界を指します。

 

 

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