第二幕が始まる予感—『夫のちんぽが入らない』における「ちんぽ」の考察 7(最終回)-(松沢呉一) -2,621文字-
「セックスに向き合わない社会の中で—『夫のちんぽが入らない』における「ちんぽ」の考察 6」の続きです。以下は、こだま著『夫のちんぽが入らない』を読んでからにした方がよいかと思います。
「ちんぽ問題」は夫婦しか知らない秘密ではない可能性
おそらく著者が気づいていないだろうこと、あるいは気づいていながら書いていないことを指摘しておくとします。
夫が風俗店に行っていることを妻である著者は知っていますけど、風俗嬢と客の関係、その関係に基づく会話までは想像していないんだと思います。風俗店はただ性欲を機械的に発散して終わるところだと思っていそう。
そういう客もいっぱいいて、そういう関係もいっぱいありますが、『夫のちんぽが入らない』から見えてくる夫の性格からして、そこに留まっているとは思いにくいのです。
夫がジョンソンのベビーオイルやメロンのニオイつきのローションを買ってきたのは、誰かの入れ知恵臭い。性風俗の世界で使っているから、それを援用したというだけではないでしょう。
つまり、妻は「夫婦だけの秘密」と思っていても、夫は他の誰かともこの話題をしている可能性が大いにあります。
教員であり、職場では孤立しているっぽい夫が、職場の仲間にこんなことを相談するとは思えず、教育に熱心なため、勤務外の時間まで生徒に費やしていますから、学校と無関係の人たちとの交流がさほどあるとも思えない。ネットで調べたのかもしれないですが、おそらくこのアドバイスをしたのは風俗嬢でしょう。
※今はエロ用ローションもいろんなものが出ていますが、ネットではメロン香料のローションは見つからず。エロ仕様ではないボディローションはありました。
当然出てくる会話
スタンプカードにスタンプがいっぱい貯まるくらいに同じ店に行っているんだったら、馴染みもいそうです。だったら、話すってもんです。
「田中さん(店での偽名)は結婚しているんですよね」
「しているよ」
「お子さんは?」
「いないんだよ。欲しいことは欲しいんだけどさ」
「エッチはちゃんとしています?」
「いやあ…」
「流行りのセックスレス夫婦ですか?」
「流行りとはちょっと違ってさ、妻とは知り合ってから今まで一度もしてないんだ」
「えっ、どういうことですか?」
「えーと、ここだけの秘密にして欲しいんだけど、妻のまんこは狭くて入らないんだよ」
「だって、田中さんのって、大きいもん」
といった展開。いかにもありそうな会話でありましょう。
風俗産業を支える人たち
どこの誰かわからない関係、いつでも切れる関係、日常に侵入して来ない関係だから自分を晒せ、語れるってことがあって、風俗嬢と客はそういう関係になりやすいものです。馴染みになるタイプの客はとくにそうです。
夫婦の間ではどうしたって隠し事は出てくるでしょう。そうした方がいいこともあります。しかし、風俗嬢と客の関係ではそれを晒せる。
ここが面白いところで、妻は夫婦しか知らないと思っていることを風俗嬢はすべて知っていたりする。結婚前から通っていたら、妻よりつきあっている期間が長い。
場合によっては、妻の知らないことまで知っていて、夫のことをもっとも理解しているのは妻ではなく、風俗嬢ってことが実際にあるのです。
この関係ができると、報告が楽しみになってきて、離れがたくなるのよね。いつでも切れることを前提にして生まれた関係が切れなくなる。
ここから恋愛感情に突入していく客もいるのですが、それとはまた違う「薄弱なのに濃密な信頼関係」が成立するのです。「薄弱だから濃密」と言った方がいいかな。この辺の話は『風俗ゼミナール・お客様編』に書いているはずなので、お読みいただきたい。
夫婦でセックスに向き合えないからこそ、性風俗や飲み屋での関係が必要とされるという見方も可能であり、こだま夫婦のような人たちが性風俗店やキャバクラを成立させている側面があります。
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