松沢呉一のビバノン・ライフ

風俗ライターの苦労—目指せ!普通の人 1-[ビバノン循環湯 207] (松沢呉一) -3,632文字-

元は「アサヒ芸能」の風俗体験漫画「亀吉が行く!」用の取材メモをまとめ直したもの。これ自体は十年以上前に書いてあったのですが、時間差を置いているうちに出す機会を失って、数年前にメルマガで公開。写真はつい先日撮ったもの。

 

 

 

取材だと言えない取材

 

vivanon_sentence風俗店の体験取材で、「女のコには言わないでください」と頼まれるのが苦手だ。

「女のコが“緊張するので、誰が取材の人なのか教えないで欲しい”と言っているんですよ」ということが時々ある。最後はバラしていいのだが、相手は取材があることだけは知っているため、「この人がそうかも」とつねに意識をしている。察知されないように細心の注意が必要だ。この「細心の注意」というのが私にとってはとても難しいのである。

横浜の言葉責めのお店「イッツブーリー」を取材した際もそうだった。相手の霞ちゃんは、「取材だとわかるとやりにくい」ということで、その日に取材が入ることは知っていても、誰がそうなのかは言わないことになっていて、私は客のフリをして入った。

ところが、いつものように、シャワーで自らイソジンを手にしてうがいを始めてしまったため、遊び慣れていることがバレバレ。ヤバイと思って、慌ててオドオドした振りをした。それがうまくいったのか、彼女は何も言わず、素知らぬふりをしてプレイに入った。

前に、やはり本人にはプレイ終了まで取材だと言わない条件で入れてもらった店で、プレイのあと取材であったことを打ち明けたら、「やっぱり」と言われたことがあって、その時は内装のことを聞いたのが敗因であった。客で行く時も内装や設備、備品、システムが気になって、「この店って、女のコのロッカーはないの?」とか「手術用イソジンを使っているんだね(成分の濃い手術用イソジンをセッケンに混ぜて使う店がある)」「バックはいくら?」なんてことをついつい聞いて、「ヘルス関係の人ですか」なんて言われる。普通の客はこんなことまで気にならないもんなのだろう。

そこで、「イッツ・ブーリー」ではそのような失敗のないよう注意をし、下手な質問は一切しないで無事プレイ終了。私もその気になればできるもんである。

イッツ・ブーリーは現在も営業中。

 

 

イソジンの前から

 

vivanon_sentenceチン汁をティッシュで拭いながら、彼女はこう言った。

「取材の人ですよね」

ゲッ、すっかりバレていやがった。

「イソジンを自分でカップに入れたたのがマズかった?」

「何言ってんですか。入ってきた瞬間にわかりましたよ。“こんにちはー”って、あんなに明るく入ってくる客はいませんよ」

ものすごくショックである。あれほど気を使って、素人臭く地味な人を演じきっていたつもりなのに、個室に入って二秒でバレていたとは。

取材だからじゃなくて、私は客で行く時でも、明るく爽やかに「こんにちは」とか「こんばんは」って入っていく。明るく爽やかに売春を語り、明るく爽やかにチンコを出すのがモットーの私だ。そのため、「元気ですね」とよく言われる。チンコはそんなに元気ではないのだけれど。

テンションが高いとよく言われる私だが、風俗店でも何も変わらない。ドラッグ要らずのラリパッパだから、ヘロインくらいのダウナー系ドラッグをキメて、ようやく人並みかもしれない。

そんな私がどう想像力を働かせても、「こんにちは」とか「こんばんは」とか「よろしく」とか以外に、個室に入っていく時の言葉が思い浮かばない。

馴染みのコと会う時だったら、「よおっ」とか「ちわーす」とか「オッス」とか「久しぶり」とか「ウンコチンチン」とか、さまざまなバリエーションが私にもあって、なんだったら「毎度ありぃ」でもいいかもしれないが、初会だと、なんて言えばいいのだろ(「初会」は誤字じゃなく、遊廓時代からの用語)。「はじめまして」「失礼します」「お世話様です」かな。しかし、赤の他人に接するみたいで、私らしくない。実際、赤の他人だけど。

言葉が悪いんじゃなくて、明るく爽やかなのがいけないのかもしれない。

知り合いの風俗嬢に相談したら、「そういえば、暗く入ってくるお客さんが多い」と言っていた。

「黙って入ってくる人も多いですよ」

その手があったか。よし、次はこれだ。無口でいこう。

 

 

無口でゴー

 

vivanon_sentence大宮にある人妻専門デリヘル「人妻隊」を取材した時も、「彼女が緊張すると言っているので、プレイが終わるまでは言わないで欲しい」と頼まれた。

ここは駅で待ち合わせである。私は大宮公園駅を指定した。以前も別のホテヘルを取材するために、この駅を利用したことがある。駅の近くにラブホテルがいくつかあり、小さい駅なので、相手が見つかりやすく、かつ人に見られにくいのである。

約束時間のちょっと前に駅についた。店に携帯番号を教えてあって、そこに彼女が電話をしてくることになっている。路上待ち合わせではこの方法を採用している店が多い。待ち合わせ相手を確実に見つけるためだけでなく、客の電話番号を店が知ることで、トラブルを回避できる効果がある。電話番号を知られているとなれば下手なことはできないってわけだ。

私は改札から十メートルも離れていない場所で週刊誌を読んで時間を潰す。やがて目の前をそれらしき黒いコートを着た女性が通った。ネットで顔を伏せた写真を見ていたので、雰囲気だけはわかっているのだ。二十九歳という年齢にもピッタリだ。それに、かわいらしい女性だったので、「この人だったらいいな」との期待もあった。

しかし、彼女は私の前を通り過ぎてしまった。あれ、違ったかな。

彼女はさらに歩き続けて、道路の手前で立ち止まって携帯を取り出した。私の携帯が鳴った。やはりそうだ。

携帯に出ながら、そちらに近づき、「すぐ後ろですよ」と教えた。

彼女が振り返った。

「ああ、ごめんなさい」

なにしろ今日の私は暗くて無口なキャラなので、「なんだよ、気づいてよ。帰ってセンズリしようと思ったよ」なんてことは決して言わない。

※先日、大宮公園駅まで行って撮ってきた写真。以前は木造の小さな駅舎だったはずだが、すっかりきれいに建て直されていた。

 

 

無口は疲れる

 

vivanon_sentence「よろしく」と言っただけで、黙って歩き出した。彼女も「よろしくお願いします」と微笑んでホテルの方に歩き出す。 「かわいい人でよかったですよ。チンコがギンギンです」と言いたいところだが、頭の中で呟くに留めた。

 

 

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