松沢呉一のビバノン・ライフ

女学生の桃色遊戯集団「小鳥組」—女言葉の一世紀 8-(松沢呉一) -2,993文字-

女学生の言葉にも種類がある—女言葉の一世紀 7」の続きです。

 

 

不良系女学生言葉

 

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武内真澄著『猟奇近代相 実話ビルディング』(昭和八年)は、以前、国会図書館の公開データで全文読んだのですけど、この本は面白い。

章立てが、地下室から屋上という趣向になっていて、何階から読んでも面白い。

文章の質がバラバラで、私が執着している昭和初期を代表する猟奇事件「増淵倉吉事件」など、警察発表や新聞報道をもとに見てきたように書く「実話もの」であったり、ちょっと小耳に挟んだ噂レベルのものだったり、自身が体験した話だったり。

ここに掲載されたもののいくつかは当時の実話雑誌で先に読んでいて、著者はペンネームを使い分けて書きまくっていた人かと思います。

内容が多岐に及ぶため、女学生、ダンサー、女給、女優、不良など、さまざまな女言葉が採取できます。

それらの多くは著者が直接聞いたものではなく、再現であり、創作ですから、「その登場人物がどのような言葉遣いだったかを想像したもの」です。その点で、ここまで出てきた「座談会」「自分の体験をもとにした小説」「手紙」に比して、リアル度は低くなることを踏まえつつ、具体的に見ていくとしましょう。

この本は地下室「近世有名情痴秘話」から始まり、冒頭は「坂田山の比翼塚」です。

これをトップにもってきたのは納得できます。この本が出た前年の昭和七年に起きた「坂田山心中」は当時大変な騒動になってますから。

第一にお坊ちゃんとお嬢ちゃんの心中であったこと。

第二に仮埋葬したお嬢さんの遺体が消えたこと。

第三にそれが変質者の仕業だったこと(この本では「痴漢」と書かれています。「痴漢」が指す範囲が今より広い)。

第四に検視の結果、犯人が性器をいたずらした形跡がなく、彼女は処女だったとわかったこと。

飽きさせず人々の好奇心をかきたて続ける展開です。この本ではそこまでフォローしてないですが、さらに続きがあって、これを真似た心中が連続します。

心中する前には思い切りセックスをするのが常ですが、この二人はクリスチャンで、「純潔」のまま心中したことが判明して、純愛の心中として讃えられます。その結果、次から次と坂田山で心中するカップルが出てきて、心中死したのは三桁に達すると言われています。さらに坂田山以外でも心中が相次いでおり、いかに心中が好きな国とは言え、歴史上、ここまで心中がブームになったことはないのではなかろうか。

何年か前に大磯の現地まで行ったことがあって、当時子どもだったとしても、この事件を記憶する人は若くて九十代ですから、さすがに探せなかったですが、今もこの話は語り継がれていて、地元の人たちはたいていそういうことがあったことを知っています。この時の原稿もあるので、そのうち循環しますかね。

 

 

心中カップルの会話

 

vivanon_sentenceでは、坂田山で心中した八重子と五郎の会話を見てみましょう。

 

 

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