夫を主人と呼びたい女たち—女言葉の一世紀 19-(松沢呉一) -2,490文字-
「長屋における夫の呼称—女言葉の一世紀 18」の続きです。
誰が「主人」という言葉を維持しているのか
前回に続いて、「夫」や「妻」の呼称問題です。
「ご主人」と言われることを不快がるのはいいとして、この時に、「誰がそう言っているのか」も考えた方がいいかと思います。「女言葉を誰が支えてきたのか」とリンクをしていて、「テレビドラマの女の言葉遣いに難癖をつけたのも女である」ということを指摘しておきます。
データをとったわけではないですが、ネットを見た印象で言えば、他者の夫を「ご主人」と言うのはおそらく女の方が多いし、それが礼儀だと言っているのもおそらく女の方が多い。その理由のひとつは、女にこそ礼儀作法が強く押しつけられたってことかと思います。同時に、女たちは自らの意思で、「丁寧な言葉遣い」を使おうとし、そうではない他者を指弾したがる。
TBSのドラマ「カルテット」では「夫さん」という言葉を使っていたようで、「夫さん」「妻さん」もありでしょう。こんなもんは慣れですから、選択肢のひとつとして加えていいかと思います。選択肢は多い方がいい。
それをやってのけた、このドラマはたいしたもんだと思ったりもします。脚本家は坂元裕二。原作なしのオリジナルの脚本です。女の脚本家も多数いるのに、こういうことをするのは男の脚本家であることの不思議。
「主人」はマナーに合致していないのでは?
以下は主婦向けのサイト「シュフィール」に出ていた文章です。
これに回答しているのは、マナー講師なる女性です。
以降、ひとつひとつの呼称について説明をしていて、「主人」という言い方は「違和感を感じる場合もあるようです」と補足しています。マナーというのは多数の人がどう感じるのかがひとつの基準になりましょうから、マナーというもの自体が保守的であることは当然として、違和感があるケースがあることを知りつつ、「主人」を無難とするのはどうなん?
一方、「旦那」という言葉は、「パトロン的な意味合いもあるので、自分の夫を『だんな』と呼ぶのは粋な感じはあるものの誰でもふさわしいとは限りませんね」と書いています。今もパトロンの意味で「旦那」を使うのは花柳界くらいのもんでしょう。旦那という言葉で「パトロンかよ」と思う人より、「主人」に違和感を抱く人の方が多いんじゃなかろうか。
水商売だとパトロンを「パパ」とよく言いますね。「ハゲ」とも言いますが。禿げてなくてもハゲ。
「パパはパトロン的な意味合いもあるので、自分の父親をパパと呼ぶのは誰でもふさわしいとは限りませんね」って言うか? どのみち大人が外で言う言葉ではないですけど。
また、自分の妻の呼称として、「あらたまった場では『うちのかみさん』はふさわしくないですね」とも書いてます。ビートたけしはどんな場でもそう言っていると思いますが、ふさわしくないですかね。
絶対的地位が謙譲を抑制している
目の前の相手に対して、夫婦はまとめてへりくだるのが本来は礼儀でしょう。
「かみさん」は庶民的な言い方ですから、実のところ、へりくだった用語としてあらたまった場で使用してもいいかもしれない。それに対して「主人」は息の抜きどころがない言葉かと思います。
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