ヒモの歴史と売防法の影響—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 3-[ビバノン循環湯 220] (松沢呉一) -6,406文字-
「ヒモより悪質な婦人相談員—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 2」の続きです。
ヒモは規制とともに増えていった
前回に続いて、ヒモに関するもうひとつのデータを見てみよう。
一九六八年(昭和四三)版の売春対策審議会編『売春対策の現況』(総理府)「いわゆるヒモの実態」の項に、こう述べられている。
この期間(昭和四一年五月二一日から六月二十日までの一カ月間)に売春の勧誘によって検挙した売春婦(被疑者)および売春関係事犯の被疑者(参考人)として取り締まった売春婦一六四九人について調査した結果四〇パーセントにあたる六四二人に「ひも」がついていた。
なお、「ひも」のついていた売春婦の割合は、昭和三四年五月の調査における三七%より高いが、昭和三六年五月の調査の四五%より低くなっている。
ここでは『街娼とヒモ』のような冷静な見方をしておらず、妻の稼ぎで何らかの生活費を得ていると想像できる者すべてを含む数字と思われる。あるいは「同居している男がいる」というものをすべてカウントしているのではないか。昭和三五年の「街娼とヒモ」調査で、同居人がいる街娼は47.8パーセントであったことに照らしても、その可能性がありそうだ。
それでも街娼の半数に満たない。兼松左知子の言う「必ずといってよいほど(ヒモがついている)」なんてことはないことをこの数字は明らかにしている。
そして、これ以降、数字は年々落ちていくことがデータから確認できる。
街娼におけるヒモの率は、昭和三十年代後半がピークだと思われ、それ以前の方がヒモ率が低い事情は簡単に説明できる。
さまざまな資料が明らかにしているように、昭和二十年代前半の街娼たちは、自分らでグループを組織して狩り込みに対抗し、捕まった者たちへの差し入れをするなどのサポートをやっていた。規制が強まるとともにグループが崩壊し、街娼たちはバラバラとなって個別に対策をとるしかなくなり、ここから愚連隊やヤクザと連携して、その中から用心棒としてのヒモを確保するのが出てくる。単独で商売していた街娼も、売防法によってヤクザ仕切りの中で商売をするしかなくなり、検挙を契機にヒモをつけるのが増えていく。
規制こそがヒモの必然性を高めていったわけだ。そのことがこの数字に出ている。
にもかかわらず、売防法を維持する勢力が、ヒモを取り上げて「売春はこんなに悲惨」とやってのける浅ましさ。問題がどこにあるのかを見ようともせずに対策をとることの無意味さをよく物語ろう。
※街娼と規制については拙著『闇の女たち』を参照のこと。
遊廓と赤線におけるヒモの違い
どこに問題があるのか見極めない、あるいは見極めると自分らの存在が無化するために原因を見ずしてごまかすしかないインチキ道徳主義者の代わりに、もう少しヒモ発生の経緯を確認していくとしよう。
「集娼」におけるヒモは事情が少し違う。
ひも 売春婦の情夫。公娼制や赤線時代には娼妓の足抜き、前借詐欺などで業者に蛇蝎のごとく嫌われていた不良やゴロツキの徒輩である。ひもが活躍するのは、むしろ街娼や私娼や密売春のシステム、すなわち白線が本番となる。この最低の男たちは、自身ポン引きとなって、自分の女房を客に世話することもあり、中には美人局という恐喝によって、二重に客の財布をしぼり取る犯罪漢もいる。
(略)
娼家経営や売春業者の非道で不倫な業態も憎悪すべきことながら、一見自由独立の売春形態であるように装い、その背後で売春婦の全生活を支配し生血を吸い、情と暴力で彼女たちを従属関係におき、婦女売買・ポン引き・暴力財産犯・賭博などを日常茶飯事とするひもの生態こそ、反人道性と反社会性の白線的表現である。
前田信二郎著『売春と人身売買の構造』(一九五八年・同文書院)より
ここにあるように、公娼制度下でのヒモは、娼婦が自腹で料金を払って会いに来させるなど、身体を拘束されている中での恋人に類似した関係であった。この時代にはおそらく「ヒモ」という言い方はしておらず、「間夫(まぶ)」という言い方だったり、「いい人」のような婉曲的な言い方だったと思うが。
前借を返済して年期を終えると、こういう相手と所帯をもって夫婦で商売を始めたなんてこともよくあった。近隣の人たちはそういうことを知っていても、ことさら「あそこの奥さんは売春をしていた」なんてことを言い触らしたりはせず、本人たちも胸張って主張したりはしないので、表には出にくかっただけである。
しかしながら、ここに「足抜き」「前借詐欺」とあるように、これを金儲けに利用するのがいた。遊廓での「足抜け」は、愛し合ったものたちが逃亡するものと思われているが、実際には、チンピラが足抜けをさせて前借を踏み倒し、今度は私娼に送り込んで、新たに前借を手にしてトンズラするようなことが多かったのである。
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