松沢呉一のビバノン・ライフ

『女工哀史』の印税はどこへ?—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 1-(松沢呉一) -3,322文字-

 

その後の話

 

vivanon_sentenceFacebookで先に報告しましたが、「イラストの盗用・映画の無断上映の実例」「なぜパクリを避けた方がいいのかの2本を読んで反省し、知財についての認識を改め、著作権や商標権について調べ、また、すでに使用しているフレーズが登録されているのかどうか調べている人たちが出てきていて、感激しています。

意匠登録はちょっと面倒みたいですけど、商標登録はジャンルを絞ればそんなに手間や金がかかるわけではありません。法人化していない場合は、個人で登録することになりましょうが、社会運動においてもグッズ販売が盛んになっている昨今、商標登録を自らすることが増えていくかも。

これは権利を独占して金を儲けるためではなくて、どっかからいきなり請求書が届くリスクを避けるためですし、それを名目にして潰されることを防ぐためです。また、広く一般に安心して利用できるようにするためです。とくに問題のない使用であれば他人が商品化していても黙認すればいいだけのこと。

商標登録や意匠登録は、弁理士を通さずに個人で登録することも可能みたい。面倒だったら、弁理士に頼めばよく、頼んだところで数万円で済みます。弁護士でも可能です。これはこれで専門知識が必要ですが、昨今は暇こいている弁護士もいますから、商標の勉強をしてもらって、皆がその弁護士に頼めばちいとは仕事になります。

文章、写真、イラストについては、パクリをせず、自分たちで生み出せばいいだけですけど、これに限らず、市民運動家の拙速な行動にうんざりすることが多いものですから、ともあれ、「このままじゃまずい」と理解してくれたのがいたことが嬉しい。

拙速でいい行動もありますが、長時間、検討しないと理解できないことがあり、しばらく様子を見ないと判断がつかないことがあることをちゃんと認識した方がいいと思います。つうか、世の中にはそういうことの方が多いはずです。

 

 

高井としを著『わたしの「女工哀史」』

 

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もひとつFacebookに書いたことです。

関東大震災での朝鮮人虐殺はなかったと言っているアホな人たちを批判したブログをシェアした際に添えた文章。

 

アホすぎます。

朝鮮人虐殺についての証言はナンボでもあって、探そうとしなくても読んでしまうってものです。

今読んでいる高井としを著『わたしの「女工哀史」』 (岩波文庫) にもこれに関する記述があります。著者は細井和喜蔵の妻だった人物で、当時は和喜蔵と亀戸に住んでました。

 

三、四日目ころから、朝鮮の人をつかまえて小松川の方へ連れて行くのを見ました。朝鮮人が井戸へ毒を入れたなぞといっているのをききました。在郷軍人だか右翼だか警察だか、そのときはわかりませんでした。多い時には朝鮮の人を二十人、三十人ぐらいずつ麻のひもてじゅずつなぎにして、木刀や竹刀でなぐりながら、小松川の方へ連れて行くのを見ました。池のなかへ逃げこんだ朝鮮の人が、大きなハスの葉の下へもぐっているのを見て、ほんとうにお気の毒で言葉もでませんでした。見かねてにぎりめしと水を少しあげたら、手をあわせておがんでおられましたが、恐ろしいことでした。

 

このあと労働運動家たちが殺されたこと(亀戸事件のことでしょう )を仲間から聞かされ、彼らは名古屋、そして岐阜へと逃げます。左翼活動家で殺されたのは、大杉栄と伊藤野枝だけではないのです。

歴史をちゃんと追っておかないと、おかしなのが出てきてしまいます。遊廓についても街娼についても間違いだらけですから、調べる能力のない右派を笑っている場合ではありませんぜ。どんなことでも古い資料を調べる癖をつけたいものです。

この本は女工の資料として読み始めたのですけど、『女工哀史』に彼女の体験や見聞は反映されているため、その点ではさほど収穫なし。

細井和喜蔵は『女工哀史』を完成させたあと、本が出た直後に亡くなってしまいます。大ベストセラーですから、金には困らなかったろうと思いきや、婚姻届を出していなかったため、著者はその恩恵を受けていなかった事実を知って愕然としました。和喜蔵が生きている間も亡くなってからも壮絶かつ力強い貧乏暮らしの話が続きます。

 

 

この最後に書いたことも社会運動における知財に関するものです。なおかつ、「長時間、検討しないと理解できないこと」でもあります。

 

 

『女工哀史』の印税はどこへ?

 

vivanon_sentence以上を書いた数日後。高井としを著『わたしの「女工哀史」』を読み終わりました。

皆さんにお願いですが、この本は注意深く読んでください。私の書いていることを読めばわかりますけど、できることなら、まず自分で考えながらこの本を読んで、それから私の書いていることを読んで欲しい。

面倒くさい人は最初から私の書いていることを読んでいただければいいのですが、その際も注意深く読んでみてください。実は私は自分の結論に自信がない。私の考えからすると、私の結論で間違っていないはずなのですが、私同様のことを書いている人は他にいないみたい。この文庫の解説も、新聞も、私とはまっこうから対立することを書いているのです。さすがにここまで見解が違うと、自信が揺らぎます。

 

 

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