松沢呉一のビバノン・ライフ

植物と血液—変態を彼氏にした苦悩-[ビバノン循環湯 245] (松沢呉一) -3,681文字-

「メトロポリタン美術館のパブリックドメイン作品を無理矢理使うシリーズ」です。この原稿は10年以上前に書いてあったのですが、公開したのは3年か4年前、メルマガ購読者限定のevernoteだったと思います。それだけ時間を置けばどこの誰かわからんだろうと。実際、私も彼女が今どこでどうしているのか知りません。

 

 

 

彼女との出会い

 

vivanon_sentence仕事で知り合ったある編集者の話。

正確に言えば仕事にはなっていないのだが、詳しい経緯を説明すると、それに関わった人たちは、彼女が誰のことなのかわかってしまうので、「仕事で知り合った」ということにしておく。

仕事内容によって編集者の色みたいなものがあって、私がふだん仕事をしている女性編集者はだいたいざっくばらんなタイプ。下ネタがOKじゃないと仕事の打ち合わせもできない。エロ雑誌ではない大所帯の編集部でも、その中でそういうタイプが私の担当になるので、編集部全体の色はともあれ、結果、編集者は同じカテゴリーに入る。

しかし、その編集者はまったく違うタイプだ。下ネタ連発の仕事をやっていない編集者であり、私と知り合ったのも異例である。

よくは知らないが、女性誌の編集部にいるタイプかもしれない。ショートカットで化粧気はないのだが、エロ本の編集者と違って知的な雰囲気を漂わせ、格好もシンプルかつオシャレ。話し方も身のこなしも上品さを漂わせている。

ギラギラしたものはなく、植物的な印象で、「編集という苛酷な仕事に耐えられるのかなあ」と心配にならないではない。

Vincent Bertrand「Portrait of a Woman」

 

 

彼女の苦悩

 

vivanon_sentenceその要件で会ったのは一回だけだったのだが、どういうもんだか、以降も、メールや電話のやりとりが続いていて、いつしか、彼女の相談になってきた。私がそちらに話を向けたとも言えるが、彼女としても、一度誰かに相談したかったようであった。

会った時は、性的なものを臭わせない印象ながら、内容はあまり大胆であった。その大胆さは私の領域を越えていた。私の知識の範囲だが、私自身がケアできる範囲を超えていた。

彼女は見た目の通り、性的な体験は乏しい。正確な年齢は聞いたことがないが、大学を出て二年目か三年目、二四歳か二五歳というところか。セックスした経験は他にあっても、つきあった男は現在の彼氏が唯一。それだけに彼氏に対する愛情は強いのだが、性的には不満がある。

「私、イッたことがないんです」

これだけだったら、あまりによくある話だ。朝日新聞や読売新聞ほど多くないが、毎日新聞をとっている人と同じ程度に珍しくはない。

イキたいと積極的に願っているわけではないのだが、これでいいのかと気にしている状態だ。オナニーを試したこともあるが、それでもイケない。そもそもムラムラするということもなく、オナニーにせよ、セックスにせよ、湧き上がるような衝動がないのだ。

だったら、ほっとけばいいのだが、今や女性誌を読んでも、セックスのめくるめく快楽について書かれていて、イケない女は幸せを得ていないかのように書かれているため、彼女としても不安を感じないではいられない。

「だったら、いつでもワシがイカせちゃるので、言ってくれ」と提案し、彼女もその気になっていたのだが、さらに話を聞いてみたところ、思わぬ事実が出てきた。

「私、ほとんど彼氏とセックスをしていないんです」

だったら、イケるはずもない。

「彼氏はちょっと変わっているんですよ」

ケツに指を入れて欲しがるとか、顔を踏んで欲しがるとか、靴やソックスのニオイを嗅ぎたがるとか、どうせそんなもんだろうと思った。そんなん、フツーのうちである。東スポの購読者と同じくらいありふれた存在だ。

ところが、彼氏の性癖は「フツー」を遙かに越えていた。

Master of the Berswordt Altar「The Flagellation」

 

 

彼氏の悦楽

 

vivanon_sentence彼女はこう書いていた。

「血が好きなんです」

公衆便所の汚物入れから使用済みのタンポンを持ち帰るくらいのマニアだったら、彼氏としてはちょっとどうかと思うが、それに近かった。

「他人の血じゃなくて、自分で血を出すのが好きなんです」

 

 

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