松沢呉一のビバノン・ライフ

個の問題と業界の問題を区別できない無能者—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 8-[ビバノン循環湯 249] (松沢呉一) -5,479文字-

食い扶持確保のために数字を水増しする婦人相談員—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 7」の続きです。

 

 

 

リサの例

 

vivanon_sentence兼松左知子著『閉じられた履歴書』がどれだけ詐術に満ちた本なのかすでにだいたいおわかりになったろうが、ここからは、『閉じられた履歴書』に取り上げられた女たちをさらに具体的に見ていくことで、この本がいかに信用ならないものであるのかを改めて確認していく。

この本の冒頭にリサという女性が紹介されている。この本の中では、比較的、新しい事例なので、この例を取り上げて、麻薬と売春の関わりを詳細に検討してみよう。

原文を長く引用しているが、正確を期するためなので、念入りに読んでいただきたい。

 

 

昭和五十八年の夏のことだ。ある週刊誌の見開きグラビアページに、リサの写真が載った。色白で大柄、あごの細いリサが、黒い目を大きく見開いて、挑むようにほほ笑んでいた。リサは当時二十二歳。新宿・歌舞伎町のポルノビル『S』で、ナンバーワンの稼ぎ手だった。

『S』は一階がノーパン喫茶、二階が個室マッサージとピーピング(のぞき見)ルームで、女の子は、どれもかけもちで働くかわりに、六時間勤務で時給千円、プラスアルファがついて一日の最低保証は二万円という好条件だった。

 

 

この仕事が終わると、リサは、ピンクキャバレー『H』で働いた。

 

 

こうしてリサの超重労働は二カ月、毎日休みなく続いた。(略)

リサの父親は、大手の下請会社員。激しい性格の人だったらしい。リサが十六歳の時、女性関係がもとで妻と離婚した。長い間、親たちの争いを見つづけたリサは、中学の時から髪をまっ茶色に染めて暴走族のオートバイに乗るのが生き甲斐になった。シンナーもやった。高校を中退したあと、美容の専門学校に行き、学費稼ぎに夜、スナックでアルバイトした。専門学校は卒業したが、途中から気が変わったのと、自信がなかったので、資格をとるための国家試験は受けなかった。(略)

十九歳のとき、遊び仲間の二十歳の大工見習と同棲したが、男は昼の仕事、リサは夜の仕事で、スレ違い生活の果てに別れ、リサは先輩に紹介されたスナックにかわった。ここで上司の野口と親しくなる。野口は四十九歳、女の子に優しく、親切な人だとリサははじめ思った。(略)

しかし、そのうち野口は、金を貸してほしいといいはじめ、リサの弟名義のクレジットカードを使って物を買い、金を払わなかった。(略)

間もなくリサは、野口からシャブ(覚醒剤)を打つことを教えられる。シンナー経験のあるリサはシャブにもすぐ夢中になった。リサが野口と知り合ってから半年目の五十七年秋に、二人は家を出た。野口は実はやくざ一家の中堅幹部で前科があり、A警察から追われていたことが分かって、リサは警察の手が家に及ぶのをおそれたのだ。それに、野口は外見からはうかがえぬ遊び人で、数百万円余の借金をかかえていた。(略)

 

 

二人の逃避行は長くは続かず、職務質問を受けて覚醒剤使用でリサは逮捕され、執行猶予判決が出る。続いて野口も逮捕、これを契機に二人は籍を入れる。

 

 

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