かわゆいから殺した—戦前の変態性欲者による事件-[ビバノン循環湯 258] (松沢呉一) -2,463文字-
性科学雑誌が花開いた時代
大正時代から昭和初期にかけて数々の性研究誌が出ています。よく知られるのは田中香涯主筆の「変態性欲」と中村古峡主筆の「変態心理」です。「変態資料」などの軟派系変態雑誌とは違うテイストの雑誌です。
この二大変態誌以外にも「性」「性之研究」「性公論」といった性科学系の雑
誌が出ており、それぞれ真摯な姿勢で性に取り組んでいるのですが、エロ雑誌として読んでいた人たちもいたはずで、性の興味を満たす記事が満載されていて、時折発禁もくらってます。
「性公論」は、大正十二年から二年程度しか出ていなかった雑誌で、その第二巻第六号(大正十四年二月号)は、「当局の注意により抹殺したる箇所が多く」あるとの告知が出てます。伏字程度の抹殺ではなく、目次に出ている原稿で、一切掲載されていない記事もあります。
ひとつは木村嘉次「性教育の方法」、もうひとつは「悲惨なる売笑婦の実生活」。とくに後者どんな内容か知りたいものです。
※雑誌「性」は一時「SEX」と表紙に大書しておりました。
変態性交者の数々
掲載されているものの中にもきわどいものがあり、青木純二「墓場を発く男 変態性交者の数々」は、変態話満載です(「発く」は「暴く」の誤字かとも思うのですが、目次でも本文でも「発」になってます)。これもごっそりと文章が削除されているのですが、大要はわかります。
全五話からなり、すべて警察沙汰になったもの、つまり刑事事件の対象となったものから変態の所業を集めたものです。
第一話はタイトルになっている「墓場を発く男」。明治三十年頃、福岡市外堅相村で起きた事件です。女が埋葬されると、翌朝、墓が暴かれ、遺体が露出しているのが発見される事件が頻発し、捕まえてみたら、変態性精神病者でした。
この男は二九歳。死体の臭いが好きで、女の死体の臭いを嗅ぎながら性交していたのです(※この話は「悲しい屍姦」でさらに詳しく取り上げてます)。
第二話は「女を締め殺す男」。北海道網走であった事件で、セックスの最中に女の首を絞め、女が苦しむのを見て興奮する男が、芸者を殺してしまったという話。こんな頃から首絞めマニアがいたのですね。
第三話は「蛇を抱く女」。長崎の丸山遊廓にやってきた女は、美人なのに客が気味悪がって次々と帰っていくため、妓楼の者が客に問いただしてみたところ、彼女は蛇を飼っていると言います。そこで、部屋に入ってみたら、彼女は蛇を首に巻いて自殺をしていました。
彼女は見世物小屋で蛇使いをやっていたのですが、見世物小屋が潰れて売られてきたのです。サーカスや見世物小屋は年期制度である娼妓や芸妓と違って、完全な人身売買が行われていた時代です。
第五話は「夢に契る恋人」。長野市に信州銀行取締役宅で働く十九歳の女中が白昼庭園内で強姦されます。その二日後、今度は夜中に女中部屋に忍び込んできた男に再度強姦されます。警察は警備を強化しますが、そのスキをかいくぐって男が出没。女中は幾度も男の姿を見たと言うのですが、警察はその姿さえ確認することができず、新聞は警察の無能ぶりを非難。
そんな中、女中は泥だらけになって、また強姦されたと刑事に訴えるのですが、自分で泥をつけているところを見た者がいて、すべて虚言であったことが発覚。女は初体験の役者のことが忘れられず、その男に犯される妄想にとりつかれたらしい。
かわゆいから夫を殺した
どれも面白いのですが、私としては第四話「夫を殴り殺した女」に注目しました。何年頃の話が書かれてませんが、舞台は函館市住吉町です。
ある夏の夜、田中フミという三十歳くらいの女が警察署に自首します。たった今夫を殺したというのです。
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