松沢呉一のビバノン・ライフ

竹ノ塚の苦い思い出—結婚してもヘルスで働き続けたい元ヘルス嬢の相談-[ビバノン循環湯 270] (松沢呉一)-5,689文字-

昨日は地下鉄南北線で王子神谷の銭湯に行くつもりだったのに、ボーッとしてまして、気づいたら日比谷線に乗ってました。一昨日、日比谷線に乗っていたため、その記憶をなぞるように動いてました。戻るのも悔しく、そのまま前日同様、東武スカイツリーラインに。東武スカイツリーライン沿線にも、行ってない銭湯が多数あります。

そんなシャレた名前がついていなかった頃の東武伊勢崎線はほとんど乗ったことがなく、唯一竹ノ塚のみ少し馴染みがあります。こんなところにヘルスがあったのです。そのヘルスについてはちょっと苦い思い出があります。今日はそれを思い出しながら、竹ノ塚の銭湯に行こうと思ったのですが、五反野に着いたところで、電車の中から銭湯の煙突が見えたので、そこに行くことにしました。

風呂に入りながら、その苦い思い出に浸ろうとしたら、そんなに詳しく覚えてない。たしか原稿にしたはずなので、うちに帰って探したら出てきました。

内容からしてすぐには出しにくく、時間差で風俗誌に出したか、数年前にメルマガ読者限定でevernoteに出したものだと思いますが、書いたのは十五年くらい前かと思います。

結局、昨日は竹ノ塚まで行き着いていないので、写真は五反野、梅島など足立区内で撮ったものです。

長いですけど、二回に分けるほどのものでもない。

 

 

 

亜希穂のこと

 

vivanon_sentence彼女の思い出は楽しさといやらしいがいっぱい詰まっている。それだけだったらよかったのだが、苦々しさもそこにはあって、あれはいったいなんだったんだろうかと今も割り切れない思いがある。

名前は亜希穂。これは店の名前で、本名も教えてくれていたはずだが、そちらの記憶はない。

彼女のことは以前から雑誌で見ていたので、初めて会った時も初めてのような気がしなかった。イメージが出来上がってしまうため、雑誌で先に見た存在は、しばしば会うと失望するものだが、彼女の印象は会ってから格段とよくなった。丁寧な口調なのだが、人懐っこくて、話し好き。見た目からしても、キャラからしても、水商売でもこなせるタイプだが、彼女は酒が飲めない。

最初に会ったのは体験取材だった。雑誌に出ている風俗嬢はいずれ飽きられる。彼女も雑誌での人気はピークを超えていて、雑誌に出る頻度は落ちていたが、それでもこの店の看板的な存在だった。あの接客だったら、人気は維持できるだろう。

彼女は感じると体がグニャグニャになる。快楽に身を委ね、ずーっと気持よさの中を漂う。このコはもう地上に戻れないのではないかとこっちが不安になるくらいの高みに昇り、最後は気絶したような状態になって、しばらくベッドから起き上がれず、立ち上がっても足元がフラフラして、床にしゃがみこんでしまう。

そのイキッぷりが気に入って、それからたびたび遊びに行くようになった。彼女は「ラストに来てください」と言い、実際、あれでは仕事にならないので、私も行く時は必ずラストにしていた。

この店が彼女にとっては二軒目で、雑誌によく出ていたのは前の店にいた時のこと。そのあとブランクがあって、今の店に復帰した。亜希穂という名前はこの時の名前だ。

ヘルス嬢になった事情、それ以降の事情は取材で会った段階で聞いているはずなのだが、思い出そうとしても、彼女についてはあまり私はわかっていない。彼女とは話す時間が長かったのだが、そのわりには内容を覚えていないのだ。

面白いエピソードが出てくると、私はメモを残しておくくせがあるのだが、彼女から聞いた話は何も残っていない。書き残すと記憶が強化されるものだが、それがないので、きれいに記憶が消えている。話している時間が長くても、それほど中身のあることを話していなかったのかもしれない。

 

 

相談に乗ってください

 

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彼女は風俗嬢のキャリアが長くても、この世界にどっぷりと浸ることを避けているようでもあり、風俗嬢の友だちは一人もいないと言っていた。人づき合いが悪いとも思えず、おそらく同業者とはつきあわないようにしているのだろう。こういう風俗嬢はそれなりにはいるし、顔出しをしている風俗嬢にもいるのだが、彼女がそういうタイプであることはちょっと意外だった。

そのため、彼女とは世間一般の出来事について話すことが多く、だから、メモをすることもなかったのかとも思う。

彼女はこの店で二三歳ということになっていたが、おそらく実年齢はその三つくらい上だったはず。少なくともキャリアは三年や四年はありそうで、私が雑誌で最初に彼女を見た時も、二二歳とか二三歳になっていたはずだ。実年齢も、聞いたかもしれないが、はっきりしない。

ある時、彼女は私の電話番号を聞いてきた。営業電話でもしてくるのだろうと思ったのだが、いつまで経っても電話が来ない。

しばらくしてから、彼女から電話があった。これが初めての電話だ。

「店を辞めました」

「えっ! なんでまた」

「いろいろありまして……相談に乗ってもらえませんか。他に相談できる人がいないんです」

電話では話しにくいというので、「メシでも食うか」ということになった。今まで働いていた店のある歌舞伎町じゃない場所がいいという。

彼女の家から出やすいというので、浅草で会うことにした。他に互いがわかる目印を知らず、雷門の前で待ち合わせた。

※建物の取り壊しのため、すでに営業していない古い飲屋街

 

 

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